[1] No Trace(ノー・トレース)という考え方
▼No Traceとは?
私たちがこの考えを知ったカナダ・ユーコン準州では、バックカントリー(人の手によって開発されていない野生地)での旅が一般的です。日本で言うところのキャンプ場は町の近くにしかなく、ユーコン川でのカヌー旅やクルアニ国立公園でのトレッキングなど、どれも自分でトレイル(人の踏みあと)を探し、自分で野営地を探します。
人の手が入っていない自然に踏み込んでいくのですから、できるだけ人の通ったあとを残さず去りたいものです。そうすることで、環境へ与えるダメージは最小限で済み、次に訪れる人のバックカントリーでの体験値を損なわずに済み、その土地に昔から住む人々と大自然を共有することが可能になるはずです。それがNo Traceです。
日本的に言えば「来た時よりも美しく」でいいと思います。ただ、日本とは環境が違うことでまったく考えが及んでいなかった部分もたくさんあります。私たちもそうでした。
No traceという技術は、北米だけでなく、日本でも世界中でも役に立つと思っています。
もちろんバックカントリーに限らずどんな場所ででも。
私たちと一緒にNoTraceにチャレンジしてみませんか?
※私たちが参考にしご紹介する資料はYukon Department of Renewable Resourcesという機関が発行している『ユーコンの野生地の中へ〜ユーコンの野生地を安全に良識を持って旅するために』という冊子です。これは日本語に訳されていて、誰でも無料で観光案内所で手に入れることができます。
詳しくはこちら(
http://www.environmentyukon.gov.yk.ca/main/notrace.html)でも見ることができます。
また、この冊子は北米の団体LNT Inc.(
http://www.lnt.org/)によって作られた行動指針をベースに作成されているようです。北米の多くの団体から発行されているこの種の指導書の多くは、ユーコンと同じくLNTの原則を採用しているそうです。
▼インパクトを与える自分
No Traceの技術を身につけるにあたって、行動のベースになるのは「インパクト(影響)を与えているかどうか」だと思っています。
自分のどんな行動が環境にインパクトを与えているのか。それを常に自分自身に問いかけながら行動していけば、自然に身に付く技術だと思います。インパクトの対象は自然環境だけではありません。ゴミを捨てることで自然環境に絶大なインパクトを与えますが、そのゴミの種類によって、二次的にインパクトを与える対象が違ってきます。
例えば、食べ物の残りカス。適切な処理をせずにその辺に捨てられたゴミは、その地に住む野生動物に余計な味を覚えさせてしまいます。いつの日かクマたちが人間のテントを襲う日が来るかも知れません。びっしり実ったベリーには、目もくれない日が来るかもしれないのです。
そして例えば、人間の排泄物。用済みのトイレットペーパーは私たちが想像している以上に自然のなかで存在感を発揮しています。動物たちにはインパクトは少ないかも知れませんが次に訪れた人々はどれだけがっかりするでしょうか。もしくは、モラル・ハザードを引き起こし、もっとトイレットペーパーが増えてしまうかもしれません。
自分が歩いたことでどんな影響があるのか。
その問いかけがNo Traceのコアだと思っています。
▼具体的なNo Traceの技術いろいろ
ずいぶん観念的な話になりましたが、ここからは具体的に気を付けた方がいいポイントをご紹介していこうと思います。今までのアウトドアライフの中で「あっ」と思い返すようなこともありませんか?私は意外にたくさんあって反省しちゃいました。そして気をつけていきたいのが、「まっいいかー」と思ってしまう自分。自分だけ、今回だけ、まっいいか……ついつい、考えちゃうのですが、ここはひとつ、No Traceをキメまくって、カッコよくアウトドアを楽しんじゃいましょう!
1.No Traceを計画する
出発前にできることはたくさんあります。まずは、一緒にバックカントリーへ入るメンバーとNo Traceについて話を
し、計画をたてることから始めてはどうでしょう?
・大人数のグループは自然に対するインパクトも大きいので2人から6人程度のグループになるよう計画する。
・旅の間の食料の計画をたて、無駄な食料・ゴミが出ないようにする。外包みなどゴミになるとわかっているもの
は最初に外しておく。臭いが出るものなどは特に、ジップロックなどへ詰めかえておくと便利で臭いの心配も
なし。生肉、魚など臭いが強いもの、持ち運びの難しい柔らかい果物や食べかすの多く出る果物は持っていか
ないようにする。
・旅をするエリアの野生動物の情報や生態をあらかじめ調べておく。旅するエリアの法律なども調べておく。
・焚き火をできるだけしないよう持っていく燃料も計画をたてる。焚き火をする場合はマウンド・ファイヤー(地面に
ビニールシートなどを敷き、その上に河原の砂利や砂を積み上げてその上から火を焚く方法。焚き火が終わっ
たらビニールごと河原に持っていって砂利をまく。こうすると焚き火のあとはまったく残らない。私は未経験)
用のシートかファイヤー・ボックスというものを持参する。
2.人間の踏みあとをこれ以上広げない
一番大切なのは、植物をそのままの健康な状態で保つことだと思います。そのために気をつけるといいことをピックアップしてみました。
・トレイルがある場合は必ず既存のトレイルを使うようにする。トレイル上に野生動物が通った形跡を見つけた場
合は彼らが近くにいることもあるので刺激しないよう特に注意する(クマのフンや足跡などをあらかじめ調べてお
くとわかりやすいです)。
・トレイルからはみ出ないよう一列になって歩く。トレイルとは、人間の足で踏みつぶされて草すら生えなくなって
しまった場所のこと。そんな場所をさらに増やさないために、歩くのは必ずトレイルの上だけにする。トレイルを
広げないためにはトレッキング用のストックもできれば使わない方がベター(トレイルより外にストックを突くこと
が多いので)。
・トレイルが無い場所ではなるべく砂利の河原、砂地や岩場、雑草の多い場所を選んで歩く。急斜面や地盤の悪
い斜面、濡れて滑りやすい場所などは避ける。もし、植物の密生した場所を横断しなければならない場合に
は、新しいトレイルを作ってしまわないよう、ちりぢりになって歩く。
・キャンプをする時はできるだけ既存のキャンプ地を選ぶ。来た時よりもきれいな状態でキャンプ地を去る。キャン
プ地にふたつ以上焚き火のあとがあったら、ひとつだけ残してあとの焚き火あとは土をかぶせるなどして無くし
ておくとベター。
・未使用の場所でキャンプをする場合は、岩場や砂地、砂利や雪、氷など地盤のしっかりした場所を選ぶ。砂地
や水はけの良い場所、平らな土地に生える植物は一般的にキャンプのインパクトからも強いらしいので、どうし
ても草を踏んでキャンプを張らなくてはいけない場合はそういう場所を選ぶ(ユーコンではクニックニックやアーク
ティック・ウィローが生えている場所など。他の地域でもいわゆる雑草の生えている場所がベター)。
・川旅では砂利地や砂地でキャンプをするのが一番いい。キャンプによる多少のインパクトも春の増水期で雨が
一掃してくれるため。ただし永久凍結層や突き出た岩場は大雨の際、急に水位が上昇するので注意。
・キャンプ地から水場やトイレ場所などへの踏みあともできるだけ残さないよう、ルートを変えてみる。キャンプ地
ではインパクトの強いトレッキングシューズを履かないようにすることもひとつ。
|
河原で散らばって歩く |
誰かがテントを張ったあと |
誰かが焚き火をしたあと |
※↑写真をクリックすると拡大します。
3.持ち込んだものは、すべて持ち帰る
いくつかのものを除いて、持ち込んだものはすべて持ち帰ることができます。出発前にあらかじめそのための準備をしてから出かけるとラクチンです。
・トイレット・ペーパーや女性の生理用品など動物を刺激する臭いのある紙製品のゴミは燃やしてしまう。
燃やしたあとは燃えかすがないかチェックし、あればすべて持ち帰る。
⇒上記はクマが多いユーコンでのルール。ここは私個人の考えもプラスさせて下さい。
トレイル脇に白く光るトイレットペーパーってよくある光景、そして一番がっかりする光景ですよね。富士山もトイ
レットペーパーだらけだとか。「紙は土に還る」なんて思っていますが、実際は最低2年もかかってしまうものだ
そう。トイレットペーパーは必ず処理しましょう!その場で燃やせたらいいですが、特に女性の場合はトイレット
ペーパーが湿ってしまって、すぐ燃えないことも多いと思います。ベストなのは持ち帰ること。私の場合は雨対
策も含めて、ジップロックの中にトイレットペーパー・使用済み紙を入れるビニール袋・ライターを入れて「トイレ
セット」として持ち歩いています。使用済み紙はこうして1日分持って帰ります。キャンプ場で焚き火ができれ
ば、夜1日分の紙を焼いてしまうことができます。焚き火ができなければゴミ箱がある場所まで持って帰りま
す。生理が重なってしまってクマの多い場所でのキャンプで火を焚けない場合。その時はブリーチ剤をかけま
す。この臭いはクマが大嫌いな臭いなのだそう。いずれにしても出発前に準備ができるので準備をしてから出
かけるととっても便利です。
・燃やさないゴミはすべて持って帰る(基本的にはすべて持って帰る)。缶詰の空き缶は、いったん燃やすと臭い
が消える。
・キャンプ地を去る前にもう一度ゴミがないかチェック。ビニールのカケラなどは、自分でも気づかないうちに落ちて
いるもの。
|
ユーコンでは熊ベルも一緒に |
※↑写真をクリックすると拡大します。
4.持ち帰れないゴミは適切に処理する
野生動物にインパクトを与えないため、次に来る人のため、どうしても持ち帰れないゴミと自分の排泄物は最大限の注意をはらって処理しましょう。
・野生動物に余計な食べ物の味を教えないため、水源地を汚染しないために、食べかすは燃やすか持ち帰るか
にする。食器は直接川で洗わない。食器を洗った水はテントやよどみなどから離れた場所に掘った穴に捨て
る。穴は忘れずに埋める。生分解する洗剤を使った場合でも川に直接捨てることは避けた方がいいそう。クマ
対策が重要な場合は、穴に臭いの着いた水を捨てるよりも流れの速い川に水を振りまく。
・食べ物の臭いをテントのまわりに残さないことが重要な場合は、キャンプ地に着く前、別の場所で食事を済ませ
ておく。
・トイレ場所は慎重に決める。水辺からは最低60メートル離れた場所を選ぶ(増水した場合沈下しそうな場所はさ
らに離れる)。できれば木の根もと、よく日があたる場所を選ぶ。場所を決めたら15センほどの穴を掘ってその
穴にする。終わったら土を少し被せ、腐敗を促進させるために木の棒などで混ぜ、最後に完全に土で穴を埋め
る。使用済みの紙は燃やすか持ち帰るかにする。大人数の場合は共同のトイレ穴を掘って、ひとりが使うたび
に土をふりかけるようにする。キャンプ地でのインパクトをできるだけ減らすためには、行程の途中でトイレを済
ませるのがベター。
|
左が生分解できる洗剤 |
※↑写真をクリックすると拡大します。
5.見つけたものは、そのままにしておく
野生動物はもちろん、歴史的な発見物も、とにかくそのまま、そのまま。
・歴史的に重要なものを発見した場合はその国の法律に従う。ユーコンではYukon Heritage Branchや先住民族
の土地の場合はその部族に報告する義務がある。
・野生動物に遭遇した場合は、彼らと十分な距離を取り静止する。野生動物との安全な距離、ストレスを与えな
い距離の目安を知ることもできるのであらかじめ調べておく。攻撃的な態度やおびえのサインも知っておくと便
利。彼らが人間の気配に気づかないよう心がける。
・ひなのいる場所や巣がある場所などでのキャンプは親が来なくなってしまうことも考えられるので避けるように
する。
・逃げよう、隠れようとする野生動物を絶対に追わない。
・クマのいる地域では彼らを刺激しないよう、調理場所や食料はテントから100メートル以上離れた風下に設定す
る。
・子供が単独でいる場合は特に注意する。たぶん母親が近くにいて、彼女を刺激することになるので注意する。
・地元の人が生活のために季節を限定して使っている施設などに立ち入らない(ユーコンには冬のなわ猟に使う
ためのキャビンがいくつもあります)。
・自然には一切手をつけない(テーブルを作ったり防風シェルターを作ったりしない)。
|
たぶん近づきすぎて気づかれた |
これはたぶんグリズリーの足跡 |
※↑写真をクリックすると拡大します。
6.火は慎重に扱う
できれば焚き火をしないのが一番ですが、必要な時もあります。ひとつの楽しみでもあったりします。が、地面の上で直接火を焚くことは地面に永続的な傷跡を与えることになり、土を不毛にしてしまいます。できるだけ最小限のインパクトに留めたいものです。
・できるだけキャンプ・ストーブを使う。
・どうしても焚き火をする場合は、既存の焚き火場所を使うようにする。キャンプ地にふたつ以上焚き火のあとが
あった場合、ひとつだけ残してあとの焚き火あとは土をかぶせるなどし無くしておくとベター。
・新しく焚き火をする場合はファイヤー・ボックスというものを使うか、マウンド・ファイヤー(地面にビニールシートな
どを敷き、その上に河原の砂利や砂を積み上げてその上から火を焚く方法。焚き火が終わったらビニールごと
河原に持っていって砂利をまく。こうすると焚き火のあとはまったく残らない。私は未経験)という方法も選択肢
に入れる。
・薪は倒木などの枯れ木のみを使う。薪は必要な分だけを散らばって集め、火はなるべく小さ保つよう心がける。
・薪は炭になるまで燃やしきる。時間がない場合は手で触ることができるようになるまで水をかけて冷やす。ゴミ
を一緒に燃やした場合は燃えかすを回収して持って帰る(特にアルミ製品の燃えかすに注意)。残った炭や灰
はあたりに散らす。
|
楽しい焚き火 |
※↑写真をクリックすると拡大します。
7.思いやりの気持ちを持つ
野生地に生きるものやこの地を旅する他の旅行者のことを思いやることが、きっと自分の旅もいいものにしてくれるはず、と思っています。
・大きな音を出すことはクマ除けには良いが、他の人にとってはただの騒音になるかもしれない。派手な色の
テントやザック、服は遭難時にには有効的だが、同じ場所を旅している人にとっても目に付く色になってしまう。
いろいろな可能性を考えてみる。