World Odyssey 地球一周旅行

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旅の日記
見たもの、乗ったもの、食べたもの…たくさんの驚きを写真と一緒にお伝えします。



▼PART50 2006.03.05 世界一美しい谷に眠る氷河
>>ネパール ランタン国立公園



■世界一美しい谷

世界一美しい谷がカトマンドゥKathmanduの北にあるという。それだけで想像力をかきたてられ、いても立ってもいられなくなる。

今まで見てきた様々な谷を思い出してみる。チリ、パイネ国立公園のフランセス谷。行き止まり、という地形を初めて体験した場所だった。そこに立つと、パイネ山のふところに抱かれているようだった。アルゼンチン、ティエラ・デル・フエゴ国立公園パソ・デ・ラ・オベハから見下ろしたU字谷。谷の出口は真っ青なビーグル水道だった。ペルー、ブランカ山群最後の峠プンタ・ウニオンから見下ろしたサンタクルス谷。大きなスプーンで削り取ったような美しい形をしていた。谷はその先、V字谷へと変化していった。

カトマンドゥの北にあるというその谷はどんな様子なのだろうか。世界一美しいとはどういうことなのだろう。今まで出会ってきた谷はどれも素晴らしかっただけに、逆に想像が難しくもある。

その谷はランタン谷Langtang Valleyと言う。カトマンドゥの北約120キロの場所。ランタン・ヒマールLangtang Himal(ヒマールとはサンスクリット語で山という意味)という山群がそびえるふもと。その東西にランタン谷は広がっている。北に山を越えればチベットだ。

代表的な山々を挙げてみよう。北にはランタン・リルンLangtang Lirung(7,246m)、南にはガン・チェンポGang Chhenpo(6,388m)や、ナヤ・カンリNaya Kangri(5,846m)、東にはランシサ・リLangshisha Ri(6,370m)などなど……。ランタン谷最奥の集落まで行けばこれら6,000メートル以上の高峰十数座にぐるり囲まれることになる。

ヒマラヤに来てからというもの、シンボリックな山や見どころとなる山は7,000メートル以上のものが多い。だがよくよく考えてみたら6,000メートルの山など今まで見たことがあっただろうか。初めてだ。その山々に囲まれるわけである。そりゃあスゴイことになるだろう。

そんな高峰だけに、山の斜面にはいく筋もの氷河が横たわっているという。しかもこのランタン谷は他の地域に比べると、比較的低い標高で氷河を見ることのできる場所でもあるそうだ。

スタート地点は標高1,500メートル程度。そこから最奥の集落である標高3,850メートル地点まで谷をさかのぼっていく。その間に移り変わる植生も魅力のひとつだという。これはどのヒマラヤ・トレッキングでもそうかもしれないが、最初はバナナの木が茂る亜熱帯の森から歩き始め、シャクナゲの森を通り、オーク(ナラやカシ)の森を抜け、低灌木地を越え、モレーンにいたる……というドラマティックな展開が、ひとつのトレッキングの中で体験できるわけである。ランタン谷に限って言えば、夏期は標高3,000メートルを超えたあたりから美しい高山植物も見られるそうだが、これは今回冬季にあたるので無理だろう。

この谷を世界一美しい山と評したのはイギリスの探検家ティルマンという人物だという。1,930年代にシプトンという人と一緒にヒマラヤのあちこちの谷を発見(と言ってもそれ以前から人は住んでいたはずだが……)し、1,949年にランタン谷を紹介したそうなのだが、それ以上の資料が手元にないので現時点では詳しいことは残念ながらよくわからない。それは抜きにしても、ランタン谷を歩いた記録というのはあまり残っていないようだ。

出発前に私たちが得られた情報はこの程度である。あとはこれまでの経験を元に想像をふくらませるしかない。体調はすこぶる良い。プーン・ヒルへのリハビリ・トレッキングの成功のおかげで、歩くことに対する自信もすっかり回復している。とにかく出かけよう。そして歩いてみよう。私たちはポカラから首都カトマンドゥに降り立った2日後には、ランタン谷入り口の村へ向かうバスに乗り込んでいた。


■トレイル・ヘッドまでバスで1日

今回の行程は全部で12日間。トレッキング・スタート地点までバスで丸1日かかるので、実際に歩くのは10日間ということになる。スタート地点からランタン谷最奥の集落までは片道3日、そして最奥の集落からあちこち歩くことを考えて3〜4日を見ている。こんなざっとした計画で行けるのも、ヒマラヤ・トレッキングはテントや食料をかつがず、山小屋を利用して歩けるからに他ならない。今回は、次回歩くソル・クーンブ域(エベレスト山周辺)のための高度馴化も兼ねている。体調が良ければ最奥の集落で数日滞在して高度に慣れておこうというつもりもあった。
【詳しいルートの地図はこちら】
⇒ http://www.chiq1.com/a/map5.html

スタート地点にあたるのはシャブル・ベシSyabru Besiという村。古くはチベットとの交易の要所になった村だが、今はカトマンドゥから来るバスの終点という立地条件でバザールがおこり、にぎわいを見せている(つまり物資を車で運べるのはここまでということだ)。カトマンドゥからシャブル・ベシまでは約120キロ。バスは、カトマンドゥ盆地を抜け、山肌を縫うように延々と進む。いったんトリスリ・バザールTrisuli Bazarで谷に下りるが、ベトラワティBetrawatiという場所からは未舗装の道をのろのろと進むことになる。

シャブル・ベシまでたった120キロなのにバスで行くと10時間もかかる。昼食時間を除いても時速15キロ以下だ。というのも、まず第一に検問の数が異常に多い。これはネパールを陸路で移動するとどこでもそうなのだが、町の入り口と出口や道路が交差するところなどに、必ず軍のチェック・ポストが設けられている。チェック・ポストでは女性、子供、老人、そして教師などのID所持者と外国人旅行者をのぞいて全員がバスから下り荷物と身体検査を受けなければいけないことになっている。チェック・ポストにやってくると、成人男性の客はいっせいに荷物を持ってバスを下りる。そして数十メートル先のチェック・ポストまで歩き、チェックを受け、また数十メートル歩いて再びバスに乗り込む、という具合だ。その間バスには2名ほどの兵隊が乗り込んできてあやしい荷物などのチェックをする。こんなことをしていればひとつのチェック・ポストを通過するだけで20〜30分かかるのは当然だ。そんなチェック・ポストがシャブル・ベシまでの間に8ヶ所近くある。

チェック・ポストのせいだけではない。シャブル・ベシまでの道はとにかく悪い。ベトラワティまでは何とか舗装してあるのだが、それでも山腹を縫って走る道は対向車と容易にすれ違えるものではない。カーブを曲がったところで対向車と出合い、どちらかがうしろに下がりかろうじてすれ違う……といったことが何度も何度も繰り返される。ベトラワティからは未舗装路に変わる。道の狭さは相変わらず。それに加えてこの道は約1,000メートル近い落差のある崖に作られている。眼下を流れるのはトリスリ川Trisuli River。と言っても、谷が深すぎて川が見えない。崖側を見上げれば先日起こったであろう崩落のあと。バスはごろごろ転がった大きな石に乗り上げ、激しく谷側に傾きながら進んだりもする。あーーーーー、もう落ちるうーーー。傾いた窓から、谷底に落ちる急斜面を見下ろし、何度目をつぶったかわからない。

そんな道を満員の乗客に荷物、そしてバスの屋根にも山盛りの人を乗せて走るのだから進むわけがない。カトマンドゥを早朝出てシャブル・ベシに着くのは日没間際。1日がかりの大移動というわけだ。

それでもこのランタン谷は比較的アクセスがラクと言われている場所なのだ。エベレスト山周辺のソル・クーンブ域は基本的にみなカトマンドゥから飛行機を使ってスタート地点まで行くし、アンナプルナ山域にいたっては基点となるカトマンドゥからまずポカラまで空路もしくは陸路で移動をしなくてはいけない。ポカラから先へも飛行機かバスでトレイル・ヘッドまでアクセスすることになる。それに比べるとランタン谷は国際空港のあるカトマンドゥからローカル・バスを使って行けるだけに、アクセスが容易だと紹介されていることが多い。これ以外の地域にいたっては、もっともっとトレイル・ヘッドまでのアクセスが大変ということになる。

そんなわけで私たちは、朝カトマンドゥのニュー・バスパークからバスに乗ってシャブル・ベシまで向かった。だがここでひとつのトラブルに見舞われる。私たちが持っている8時30分発のバスチケットというのは、シャブル・ベシの15キロ手前、ドゥンチェDhunche止まりだと言うのだ。実は今回、カトマンドゥ着から出発まで時間が少ないということで、トレッキング会社にバスのチケットと国立公園入域料の手配を頼んでおいていた。昨日彼らからそのチケットを受け取って、今朝バス停にやってきたのだが、そのチケットが間違っていたというわけだ。トレッキング会社のスタッフに電話をして抗議をするが「ドゥンチェから歩けばいい」とあっさりいなされ、おまけにこのあとチケット代までボッたくられていたことが判明した。出発を翌日に延ばし、そのトレッキング会社に怒鳴りこもうかとも考えたのだが、そんなことをしても気分が悪いだけである(そうやって泣き寝入り状態になるのも良くないことなのだが)。悔しいけれどこれ以上いやな気持ちにならないためにも、このままドゥンチェ行きのバスに乗ってトレッキングをスタートさせることにした。抗議は帰ってからすればいい。

ドゥンチェからシャブル・ベシまでバス道を歩いて本来のスタート地点から歩き始めても良かったのだが、ガイドブックを見てみるとドゥンチェから別のルートでランタン谷のトレイルに合流することができそうだった。シャブル・ベシまで行くにしても1泊余分に歩くことになるので、私たちはオールド・ルートと呼ばれるドゥンチェからの別ルートを歩いてランタン谷に入ることにした。ドゥンチェに着いたのはやはり日が落ちた18時過ぎだった。


■ランタン谷を遡る

翌朝、いよいよ歩き始める。今日1日目の目的地は、トゥロー・シャブルThulo Syabruという標高2,210メートルの村だ。トゥローとは大きいという意味。つまりもともと行く予定だったシャブル・ベシに対して、大きいシャブル村、本シャブル村とでも言うのだろうか。現在の考え方だと、バス道沿いにあるシャブル・ベシが小シャブルで、歩いてしか行くことのできない山の中にあるトゥロー・シャブルが本シャブルというのは何だか変な気もするのだが、実際に歩いてみるとよくわかる。谷底でなかなか陽の当たらないシャブル・ベシに比べて、山の上にあるトゥロー・シャブルにはよく陽が当たる。太陽とバッチリ向き合うように、斜面にはずらりと段々畑が作られている。標高2,200メートルと言ったって昼間は汗ばむような陽気だ。昔ながらのネパールの好立地というのは、こういう場所を言うのだろう。

そんなトゥロー・シャブルで1泊を過ごし、2日目の朝、いよいよランタン谷へ入っていく。トゥロー・シャブルからはガネッシュ・ヒマールGanesh Himalのそうそうたる山並みが望めただけでなく、ランタン・ヒマールの頭も拝めたのだが、今日はランタン谷の底をひたすら進んでいくので展望は期待できない。それでも3日目には3,000メートル地点を越えU字谷に入り展望がきくようになるということなので、今日1日は辛抱の登りを続けることになる。

深く深くランタン川 Langtang Kholaに削られた渓谷を歩いていると、この先にU字谷が広がり人々が住んでいることなど到底想像できないような気になる。だがペルーでもそうだった。かつて氷河が岩肌を浸食し激しく後退したあとには、U字谷とV字谷がつながっていたのだ。この暗く険しい渓谷の奥には、間違いなく美しいU字谷が待っているのだろう。

2日目の宿泊地はラマ・ホテルLama Hotel。オリジナルのラマ・ホテルもあるが、今は5軒ほどのロッジが狭い谷底にひしめき合っている。ホテル名のラマとはチベット仏教の師を意味する。昨日泊まったトゥロー・シャブルもそうだし、明日泊まる予定のランタン村 Langtangもそうなのだが、このあたりはタマン族Tamangというチベット系の人々が多く住むエリアなのだ。服装もチベット人のそれにとてもよく似ているし、家の中にはダライ・ラマの肖像が飾られている。このランタン谷トレッキングは、そんなチベット文化に触れらることも魅力のひとつなのだ。

3日目、いよいよランタン谷の心臓部に向かう。宿泊地は標高3,430メートル、ランタン村だ。朝8時、谷底でまだ薄暗いラマ・ホテルをあとにする。しばらくは標高を稼ぎながらランタン川の脇を登っていくことになる。オークの木々の枝間から、まっ白な雪を抱いた高峰が姿を現し始めた。ランタンU LangtangU(6,581メートル)だ。さらに進むとその右手、どっしりした風貌のランタン・リルンLangtang Lirung(7,246メートル)が現れた。鳥のさえずりに耳を傾けながら森の中を歩くのもいいが、視界が開けてくるとやはりワクワクしてしまう。そろそろU字谷に入るころだろう。何度目かの少し急な坂を登る。標高3,000メートル近いのだから息苦しさも感じる。一歩一歩ゆっくり登り切った場所には、タルチョがはためいていた。しばらく進むと一気に目の前が明るくなる。ゴラ・タベラGhora Tabelaだ。ここからU字谷が始まる。遠くランタン村、さらにその奥まで見渡せそうな気持ちの良い場所である。私たちはここで昼食を取ることにした。

茶店のおばちゃんのラーメンをすすり、先へ進む。国立公園のチェック・ポストを過ぎると、遠くにランタン村の集落を望めるようになってきた。トレイル脇では、チベットでよく飼われているヤク(高地牛)が草を食んでいる。

ランタン村は朝から夕方までよく陽の当たる場所にあった。村の中心を流れる小川には、水流で回る水力マニ車(マニ車の中にはお経が入っていて、一周回すと一回お経を読んだことになるのだそうだ)が作られている。家々の作りはずいぶん近代化しているものの、トゥロー・シャブルで見たようなチベット的なものもいくつか見られる。16時を過ぎると谷の底からどんどん雲が上がってきて、やがて視界はまっ白になった。今日の夕食もネパールの大衆食ダル・バート。トレッキングが始まれば、夕食は毎日これになる。わずかではあるが、ロッジによって味が違うのも密かな楽しみだ。

4日目。ランタン谷に入って3日目にあたる。今日はランタン谷最奥の集落、キャンジン・ゴンパKyanjin Gompaに向かう。標高は3,870メートル。ゴンパとはチベット仏教で言う僧院だ。だいたいがこんな人里離れた場所に建てられていて、僧侶が仏教を学んでいるという。もともとはゴンパしかなかったはずだが、今ではトレッカー相手の宿が十数軒ありひとつの集落となっている。

朝、ロッジで焼きたてのチベタンブレッド(小麦粉を練って炭火で焼き上げたもの。素朴な味でおいしくお腹も膨れる)をほおばったあと、ゆっくり歩き始める。ここはもう完全な高地。下手に進んでは高山病の症状が出てしまう。

ランタン村を出てしばらく歩くとマニ石が積まれた壁が現れる。マニ石には観音菩薩の六字真言(呪文)である「オム・マニ・ペメ・フム」が刻まれている。チベット仏教では祈りをこめてマニ石のまわりを時計回りに回る習慣があることから、ただ通り過ぎるだけの私たちも、マニ石が現れたらその左側を歩くといいと言われている。古いものでは1,000年以上昔のものもあるというから驚きだ。

ゆっくりゆっくりU字谷をさかのぼる。左手にはランタン・リルンの頭がチラチラと見え隠れしている。その先、谷の両脇にそびえる山々には雪がかぶり始めた。

モレーンを越えるようにトレイルは続いている。その縁に立ち、左手を見上げる。

氷河だ!ランタン・リルンから流れ出たリルン氷河 Lirung Glacier、それにキムシュン山 Kimshung(6,745メートル)から流れ出たキムシュン氷河 Kyimoshung Glacierが急落している様が手に取るように見える。いよいよここまでやってきたか……。ヒマラヤ初の氷河を目の前にして、嬉しさがこみ上げる。

祈りの旗タルチョの下をくぐり抜けると、眼下にキャンジン・ゴンパの集落が広がった。



■ランタン谷最奥へ

到着してすぐ、天候が急変した。周囲はあっという間に雲に覆われ、視界がきかなくなってしまう。午後はロッジでゆっくり休憩をし、この先への散策は明日以降にすることにした。

私たちはキャンジン・ゴンパを基点にして、2つのポイントへ出かけようと考えている。ひとつはランシサ・カルカLangshisa Kharka。カルカとは夏の間だけ使う石で積み上げた放牧小屋を指す。この手前にビュー・ポイントがありランタン谷の本当の奥まで見渡せるのだという。地図で見ると谷の最奥部は巨大なランタン氷河Langtang Glacierで占められている。そこはいったいどういう景色になっているのか。私たちはこの目で確かめてみたいと思っている。ただこのランシサ・カルカ、けっこう遠いのだ。キャンジン・ゴンパからざっと見て片道10キロ。アップダウンのない道なので日帰りが可能だと言うが、ガイドブックの表示で往復8時間。歩くのが遅く、展望地での時間もたっぷり欲しい私たちにとって日帰りはちょっと厳しい行程だ。

テントがあればランシサ・カルカで泊まることもできる、とあったので私たちはテントで1泊することにしていた。今回のトレッキングは山小屋泊なのでテントはいらないのだが、この1泊2日のランシサ・カルカ行きのためだけに、テントやストーブを持ってきたのだ。食料は高いけれどここキャンジン・ゴンパで調達できると聞いていたので、持ってきていない。明日はロッジの人にチベタンブレッドをたくさん焼いてもらって、お弁当にしていこうと思う。夕食はインスタント・ラーメンでいいだろう。

その夜もダル・バートを食べて眠りにつく。この地ではもちろん野菜など育つはずもないので、どこからか運んできたジャガイモとキャベツをカレー味で炒めたものがおかずだ。でもここのダル・バート、なかなかおいしい。レンズ豆のスープにもすっかり慣れた。でも要注意。ダル・バートはおかわり自由だが、ここは高地だ。食べ過ぎると消化不良をおこして苦しい思いをすることになる。

5日目。朝ロッジを発ち、ランタン・リルンを背にランシサ・カルカに向かって歩き始める。しばらく歩くとやや平坦な飛行場跡地があらわれた。ふり返ればランタン・リルンがひときわ大きく見える。標高4,000メートル近い場所から、7,000メートル以上ある山をふもとから見上げているわけである。でかく見えて当たり前なのだが、こうやって頭で考えてから見てみるとさらにそのすごさが実感できるというのが、実はヒマラヤの特徴なのかもしれない。

ランシサ・カルカにテントを張るのもいいが、その手前のヌバマタンNubamathangの方が水がきれいだ、ということをガイドブックで目にした。日帰りの行程を2日間で歩いているので時間に余裕はあるのだが、水がきれいな方が快適だろうとヌバマタンにテントを張るつもりでいた。ヌバマタンもまたカルカである。2時間ほど歩いたところで、石を積んだ小屋の集落が現れてきた。おー、意外に早く着いたねー、などと言いながら私たちはそこにテントを張った。谷の奥にはランシサ・リLangshisha Ri(6,370メートル)の堂々たる姿も見える。

カルカの石積み小屋をよく見てみると、谷の底から上がってくる風を何とかして避けようという工夫が見られる。吹き上げてくる風はよっぽど強いのか。ここ数日様子を見ていた限り、この季節はさほど風は強くないと見たが、用心するにこしたことはない。ランシサ・リを窓から眺められるような場所にテントを張りたかったのだが、石積み小屋の中にテントを張らせてもらうことにする。これで夜中に風が吹いても安心だ。

荷物をテントの中に仕舞い、身軽な格好でランシサ・カルカ手前のビュー・ポイントを目指す。そう大して遠くないはずだ。ところが、道はいつまでも続く。アップダウンはないのだが、まだまだ谷の奥へたどり着く気配がないのだ。

どうやら私たちがテントを張った場所は、ヌバマタンのもうひとつ前のカルカ、ジャタンJatangだったようだ。ジャタンからならランシサ・カルカまでまだ2時間も歩かなくてはいけない。

黙々とトレイルを進む。前方には見覚えのある景色が広がり始めた。モレーンの丘である。左側、ツェルゴ・ピークTsergo Peak(5,749メートル)から流れてくるサルバチュン氷河Shalbachum Glacierのモレーンだろう。この丘を越えれば、前方にランシサ・カルカが見えるに違いない。もちろん、ランタン谷最奥部にあたる景色も望めるだろう。

ゆっくりゆっくりモレーンを登り切ると、とたんに強風に体を押される。すごい力だ。ランシサ・リの奥には、まっ白なペンタン・カルポ・リPemthang Karpo Ri(6,830メートル)の姿が見える。自然と足が速くなる。この先どんな景色が広がっているのだろう。

パタパタと激しくはためくタルチョが目に入った。ここだ。そして目を遠くに移す。ガイドブックで見たとおりの「ランタン谷源流部」の光景だった。右手にはランシサ・リとペンタン・カルポ・リ。左に見えるのはモリモト・ピークMorimoto Peak(5,951メートル)だろうか。びゅうびゅう吹く風の音しか聞こえない厳しい場所だ。その中にじっとたたずんでいたこの風景。その隅っこに立つ自分。何とも気持ちがいい。

ところで、ランタン谷の始まりになるランタン氷河はどこにあるのだろうか。一番奥にあるランタン・リLangtang Ri(7,205メートル)の姿はどこにあるのだろうか。そう言えば、ガイドブックでは何も触れていなかった。私たちも地図を見て想像を膨らませていただけだ。この場所からは見ることができない。

つまり、まだまだ奥があるのだ。行き止まり、までまだまだあるのだ。だが、そこまで行くにはあと数日かかる。もしかすると今の季節、トレッキングの装備では不可能かもしれない。何てデカイんだ、ヒマラヤ。ひとつの谷の規模が、今まで見てきたそれとは比べものにならないほどデカイのである。だから、ランシサ・カルカから見る景色は「源流部」であって「行き止まり」の場所ではない。谷の源流となるランタン氷河も、そのまた奥にある。その素晴らしさを感じるためには、朝ランタン・リルンを見た時感じたように、想像力の力を借りた方がいい。人間の足では何日もかかる場所に眠る谷の始まりを目に浮かべるのだ。

両脇にそびえる山にしたってそうである。自分の目で見えるのは山の連なりでしかない。だがそのすぐ裏にはゴサインタンGosainthan(シシャパンマShisha Pangma:8,013メートル)があるのだ、とか、ランシサ・リのすぐ後ろには6,000メートル峰が5つもひしめき合っているのだ、とか、そんな想像力でヒマラヤはもっとおもしろくなるのかもしれない。とにかくヒマラヤはデカすぎた。


■ランタン谷の氷河

そんなわけで私たちはジャタンに張ったテントでひと晩を過ごしてから、キャンジン・ゴンパに戻った。体調は良くもないが、ひどくもないと言ったところ。今回はできるだけこの標高で滞在していたかったので、6日目の午後もキャンジン・ゴンパのロッジでゆっくり過ごすことにする。

7日目。今日は、キャンジン・ゴンパからも見えるリルン氷河とキムシュン氷河を観察しに行くことにする。氷河直下のカルカまで片道2時間とのこと。朝8時、今日もチベタンブレッドのお弁当を持って私たちは歩き始めた。

短い間隔でケルンが立っているので迷うことはない。2時間ほど歩くと、左右にモレーンの丘がそびえるくぼ地に着いた。左方向に行けばリルン氷河、右手のモレーンの丘を登ればキムシュン氷河の直下に行けるはずだ。さっきから右方向に見えるキムシュン氷河が、気になって気になって仕方がなかった淳ちゃん。この急斜面を登って、キムシュン氷河と対峙することにした。

氷河を見るためにはこの地形を越えなくてはいけない。慣れているとはいえ、足場の悪いモレーンの丘、斜面に生えるトゲの多い植物に毎度毎度閉口する。しばらく登ると、これもいつものことながらトレイルにぶつかった。こんな急斜面をむりやり登らなくても、どこからか登ってくる道があったのだ。モレーンの縁まであと少し。

よっこらしょ、と登り切ると目の前には、キムシュン氷河の雄姿があった。何も遮るものもない、私の視界はただ斜面を流れ落ちる氷河だけ。うんうん、久しぶりのこの感じである。ごくたまに、雷音のような、氷河の崩落音もわずかに聞こえる。あとは、びゅうびゅうと吹く風の音だけ。こんな場所にあと何回、私は立つことができるのだろう。

どうして私たちは、この光景をこんなに求めるのか。同じ氷河はひとつとしてないのはわかるが、どうして飽きもせず、また氷河のたたずむ景色を探すのか。本当のところ、自分でもわからない。だが、この光景がとてつもなく貴重なものであることは間違いない。

ヒマラヤの氷河も日々後退を続けている。正確なことはわからないが、私たちが目にしたランタン谷の氷河たちは、私たちが持つ地図やガイドブックよりも明らかに後退していた。私たちの次の世代はおそらく、今私たちが目にしている同じ光景を目にすることは無いだろう。そのはかなさ、かけがえのなさを感じるだけでも十分だと思う。

午後になると、私たちはキャンジン・ゴンパへ下った。そして翌8日目、シャブル・ベシへ向けて下山を始めた。帰り道は2日で下りることができるようだった。

そうして私たちのランタン谷トレッキングは終わった。今回は淡々と黙々と歩いたなあという印象がある(旅の報告も淡々とまとまった)。自分の体の調子をじっと見守りながら、次向かうソル・クーンブ域へのトレッキングのことも頭に入れながら歩いていた。それでも、ランタン谷そのものを楽しめたトレッキングだった。

チベット文化の影響を受けたタマン族の村、深く険しいランタン川をさかのぼって現れたU字谷、そしてその脇に展開する氷河、どこまでも奥の深い源流部。探検家ティルマンが何をもって「世界一美しい谷」と評したかはわからないが、私の中では世界で最も美しい谷のひとつに十分入るだけの素晴らしさがあったと思っている。



▼トレッキング 覚え書き

2/16 晴
Khatmandu→Dunche(1950m) バス移動

2/17 晴
Dhunche→Thulo Syabru(2210m)

2/18 晴
Thulo Syabru→Lama Hotel(2470m)

2/19 晴
Lama Hotel→Langtang(3430m)

2/20 晴→曇
Langtang→Kyanjin Gompa(3870m)

2/21 晴
Kyanjin Gompa→Jatang(3840m)→LangshisaKharka(4080m)
→Jatang

2/22 晴→曇
Jatan→Kyanjin Gompa

2/23 晴
Kyanjin Gompa→Kyimoshung Glacier→Kyanjin Gompa

2/24 晴
Kyanjin Gompa→Lama Hotel

2/25 晴
Lama Hotel→Syabru Besi

2/26 晴
Syabru Besi→Khatmandu






 
ネパール トレッキング ランタン
ドゥンチェの宿から見たランタンの山々。右手に見える左がランタンU、右がランタン・リルンです。あのふもとを目指して歩きます。正面奥の山々はチベットの山。

 
ネパール トレッキング ランタン
バス道から生活道へ入ったところ。のどかな山道です。

ネパール トレッキング ランタン
この日はとても空が澄んでいて、ガネッシュ・ヒマールもとてもよく見えました。

ネパール トレッキング ランタン
このあたりは松林が多かったです。葉も松ぼっくりもとてもでかくで驚きました。

ネパール トレッキング ランタン
トゥロー・シャブルの村。山々が折り重なっているその底を明日から歩きます。トレイルは右方向へカーブし、写真の白い雪をかぶっている山の下を目指す感じです。

ネパール トレッキング トゥロー・シャブル
トゥロー・シャブルの美しい段々畑。ここは陽がよく当たるので冬でもたくさん作物を作っているようでした。私たちが食べたロッジの食事もすべて自家製野菜。おいしかったー。

ネパール トレッキング トゥロー・シャブル
トゥロー・シャブルのロッジの部屋からは、ガネッシュ・ヒマールの朝焼けも見ることができました。

ネパール トレッキング トゥロー・シャブル
トゥロー・シャブルの村。この写真からはわかりにくいですが、1階部分は家畜のエサや薪などのストレージとして使い、住居は2階になります。表に面した窓には立派な彫刻が施されているのが伝統的スタイル。ここトゥロー・シャブルではたくさん見ることができます。

ネパール トレッキング ランタン
ランタン・コーラに下りてきたところ。ここからランタン谷の底をどんどんさかのぼっていきます。右下にちょっと見えるのが私。

ネパール トレッキング 食事
お昼はだいたいインスタント麺を作ってもらいます。野菜と卵入り。早いし味に大差ないのが助かります。だいたい一杯200円程度。2日目の今日はバンブーBambooという場所で昼食を取りました

ネパール トレッキング ラマ・ホテル
バンブーからラマ・ホテルに向かう途中。シャクナゲやオークの森が続きます。

ネパール トレッキング ランタン
3日目、樹間から見えたランタンUとランタン・リルン。

ネパール トレッキング
やったー!ついにU字谷へ入りました。これはゴラ・タベラの手前。ここは本当に好きな場所。

ネパール トレッキング
ゴラ・タベラで昼食を取ったあとランタン村へ向かいます。少し霞んできましたが、まだまだ好天は続きます。

ネパール トレッキング ランタン・リルン
ランタン村の手前から見上げたランタン・リルン。いい氷河持っています。

ネパール トレッキング
ランタン村にやってきました。ランタン・コーラは谷の右はしを通っています。

ネパール トレッキング マニ車
村の中で見つけた水力マニ車。水が少ないせいでしょうか、あまり回っていませんでした……。

ネパール トレッキング チベタンブレッド
ロッジでは毎朝チベタンブレッドをオーダー。こういったかまどで焼いてくれます。最初は鉄板の上で、しばらくあたためたら炭火のすぐ近くでふくらませます。

ネパール トレッキング
キャンジン・ゴンパから下りてきた親子。娘さんをカトマンドゥの学校に通わせるそう。

ネパール トレッキング
いよいよキャンジン・ゴンパ手前までやってきました。奥にそびえるのはガン・チェンポ。

ネパール トレッキング
キャンジン・ゴンパに着きました。タルチョがはためいています。正面がキムシュン、左手がランタン・リルン、右はヤンサ・ツェンジ山Yansa Tsenji(6,575メートル)です。中央に見える小さな建物はゴンパ。

ネパール トレッキング
キャンジン・ゴンパの集落。すべてロッジです。シーズンになると日本人がゴラ・タベラ近くのヘリ・ポートまでヘリでやってきてこの周辺を散策して帰るのだそう。日本人の慌ただしいトレッキングの様子はケニア山でも聞きましたが、毎度毎度びっくり。

ネパール トレッキング ランシサ・カルカ
翌朝ランシサ・カルカへ向かう途中。いきなり川が凍っていました。足を置きたい石はすべて氷におおわれている始末。なんとか氷を溶かして渡渉成功。

ネパール トレッキング
ランタン・リルンを背に歩きます。なぜか少し離れた方がランタン・リルンはとより大きく見え圧倒されます。

ネパール ヒマラヤ
幾筋にも分かれる川を右に見ながら空港跡を進みます。ヒマラヤはとにかく日差しが強い。顔が真っ赤に腫れ上がった欧米人を何人も見ました。

ネパール トレッキング
1時間ほど歩いて来た方角をふり返ったところ。美しい……。

ネパール トレッキング
そしてこの先はこんな風になっています。中央にどっしりかまえるのがランシサ・リ。わずかに見えるモレーンの丘。あれを登っていきます。

ネパール トレッキング
モレーン脇の川はかなり凍っていてどれが流れかわからないほど。

ネパール トレッキング
斜面に積もった雪が川にどどどっと落ち込んでいる場所もありました。

ネパール トレッキング
そしてランシサ・カルカ手前のビューポイントからの景色。素晴らしい!右はランシサ・リ。ランシサ・カルカは左手の川のそばにあります。うーん、まだまだ奥がありますね。見えません。

ネパール トレッキング
とにかく風が強かったので早めに退散してきたところ。歩いているのはモレーンの丘です。

ネパール トレッキング
テントを張っているジャタン近くまで戻ってきたところ。

ネパール トレッキング
カルカでは斜面を利用して石を積み小屋を建てています。風よけの工夫がされているこのカルカで私たちもテントを張らせてもらいました。

ネパール トレッキング
翌朝キャンジン・ゴンパ方向を撮影したもの。蛇行する川の様が何とも美しいですね。

ネパール トレッキング
キャンジン・ゴンパへ戻るところ。もう川の氷も溶けている時間でしょう。本日も大快晴。

ネパール トレッキング
泊まっているロッジまで帰ってきました。

ネパール トレッキング
キムシュン氷河。手前に見えているのがモレーンの丘。

ネパール トレッキング
そしてこれはリルン氷河方向に視線を移したもの。右から左方向に氷河が流れていたと思うのですが、今ではほとんどその痕跡だけになってしまっています。

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真っ青なアイス・ホールを有するリルン氷河。急斜面をすべるように落ちてきています。

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キムシュン氷河が気になって仕方がない淳ちゃん。モレーンの上から双眼鏡で観察しています。

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アップで見るとこんな感じ?青ともグレートも言いがたい、不思議な色をしています。

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もうひとつキムシュン氷河のアップ。がらがらと音が聞こえてきそうですね。

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そしてキムシュン氷河全貌。私たちお気に入りの氷河です。

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毎日夕食に食べたダル・バート。ごはんにタルカリと言われる野菜のおかず、それにレンズマメのスープ。どれもおかわり自由です。

ネパール トレッキング 泥風呂
テントを張っているジャタン近くまで戻ってきたところ。下山したあと、シャブル・ベシにある温泉(タトパニと言います)へ出かけた時のもの。この日はお湯の調子が悪く、イマイチ湯船の状態もきれいではないとのこと。それでも淳ちゃんは地元の子供たちと一緒に泥風呂を楽しんでいました。




▼PART51 2006.04.09 ナムチェまで5日!そして雪 〜 ネパール サガルマータ国立公園その1
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