World Odyssey 地球一周旅行

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旅の日記
見たもの、乗ったもの、食べたもの…たくさんの驚きを写真と一緒にお伝えします。



▼PART48 2005.11.30 あわや遭難かと思いました
>>ケニア マウント・ケニア国立公園その2



■ぐったり疲れて到着

3日目の行程は12キロ(16キロ説もあり)。オールド・モセス・キャンプからシプトンズ・キャンプまでの標高差約1,000メートルを登っていく。高度障害が出るとしたら、このあたりだろう。

ケニア山のこの標高エリアは雲霧帯と呼ばれているようだ。標高3,000メートル付近までは、特に雨の多い東と南斜面で濃い熱帯雨林が広がっている。それより上になると、ちょっと異様な高山植物がポツポツと現れてくる。霧が多いせいだろうか、まるでぬいぐるみの毛のような形状をした葉(だと思う)を持つロベリア・テレキLobelia Telekiや、まるで樹木のように発達しているセネシオ・ジョンストーニSenecio Johnstoniiといったキク科の大型高山植物を見ることができる。大きいものになるとロベリア・テレキは4メートル、セネシオ・ジョンストーニに至っては10メートルにもなるというから驚きだ。

レンジャーが話していたとおり、10時を過ぎると南の方から次々とやってくる雲にあっという間におおわれてしまった。だが雨が激しく降る様子はない。私たちはとにかく黙々と歩いた。

12時、ちょうど半分かと思われる場所にたどり着く。マッキンダー谷Mackinder's Valleyの豪快な眺めが待っているはずだったが、残念ながら何も見えず。あきらめて昼食を取っていると、一瞬だけ雲が切れ主峰バチアンの姿が現れた。ゾッとする。いや、決して恐いわけではないのだが、背中に鳥肌が立つような姿だった。バチアンはあっという間に姿を消してしまった。おあずけである。

そこから先はマッキンダー谷をひたすら谷の奥、つきあたりまで進むだけなのだが、これも長かった。昨日ほどではないのだろうが、足場が微妙に悪い。今日はできるだけ靴を濡らしたくなかった私は、特に気を使ってしまい疲れ果ててしまった。

遠くに洞窟が見える。あれがシプトンズ洞窟Shipton's Caveだろう。ここまで来たらあと少しと思いつつ、なかなか足が進まない。淳ちゃんはいよいよ高度障害が始まったようで、つらそうな顔をしている。いったい今日1日で何リットルの水を飲んだのだろうか。幸いにも水があちこちで汲めるので今日は高山病対策とばかり、バカバカ水を飲んでいる。

シプトンズ・キャンプに着いたのは16時30分。もうクタクタだった。幸いなことに靴は濡れなかった。防水対策として応急処置でロウソクをこすりつけておいたせいだろうか。ジェームスも客のイングランド人のおじさま2人も私たちを歓迎してくれる。彼らはポーターも雇っている。このキャンプには13時に着いたそうだ。「荷物を背負っていないからね」と謙遜していたが、あまりの健脚ぶりに驚いてしまう。

さっそく夕食を取る(ストーブは絶好調だ)。横でジェームスが明日の予定を教えてくれる。明日は3時出発。暗闇のなかジェームスの案内で登る。日の出は6時過ぎ。一般登山者の登ることができる最高地点、レナナ峰でご来光を拝み、そのまま南西斜面(ナロ・モル・ルート側)に下るそうだ。そこから先は別ルートになるが、大切なのはレナナ峰まで。「俺たちと一緒に行かないか」ジェームスはやっぱり営業してきてくれる。彼はあのイングランド人のおじさま2人に雇われているのだから、まずは彼らの了解を取る方が先だと思うのだが、ジェームスはそんなことおかまいなし。おじさま2人も事情が見えてきたらしく、快く「ウェルカム!」と言ってくれる。

だが、私たちはまだ迷っていた。ここまで来たらあと少し。できれば自分たちで歩きたい。それに私たちはあまりご来光に興味がない。明るくなってからならトレイルも見えるのだからガイドは要らないんじゃないか。頂上に着くのは天候が崩れ出す10時ギリギリだろう。そこから天候が悪ければ直下にある山小屋に避難すればいい。天候が持ちそうなら本来の予定であるマッキンダーズ・キャンプMackinder's Campまで下りればいい。そうジェームスに話してみた。「そうか、そう決めたのならいい。グッド・ラック」彼はそう言って寝床に戻っていった。



■レナナ峰登頂成功するものの

翌朝、4日目は3時起き。ジェームスやおじさまたちが出発する時間である。どうやらジェームスはこの大切な時に寝坊したらしい。プププ……頂上アタックを前に少し緊張気味だった私たちも、この事態に笑いを誘われる。

5時には明るくなり始めるはずだったのだが、なかなか明るくならず歩けそうになかった。そうこうしているうちに、主峰バチアンの朝焼けが始まった。美しい。ジェームスやおじさまたちはどこでこの朝焼けを見ているのだろう。空気は思ったより冷たくない。

6時、やっと明るくなったので、私たちは着ていた上着をもう一枚脱いで歩き始めた。朝は本当に天気が良い。意外に寒くないと思いつつ足元に目をやると、川と化したトレイルは氷の河になっている。少しトレイルをはずれて歩けば15センチほども盛り上がった霜柱。「夜にはマイナス20度になる時もある……」そう聞いていた話は嘘ではないのだろう。

迷いそうな場所には大きなケルン(石を積み上げた目印)がいくつもあった。迷うことはないだろう。20センチほどの積雪があるようだが、トレイルはしっかり踏みしめられているので、さほど歩きにくくはない。

第一関門は目の前にはだかるこの斜面。約250メートルの標高差を持つこの斜面を登り切ると、サミット・サーキットSummit Circuitというトレイルにぶち当たる。その名の通り、主峰バチアンやネリオンNelion(5,188m)、レナナ峰のふもとをぐるりと一周するトレイルである。合流点にはハリス池Harris Tarnという小さな氷河湖がある。そこまでで3時間30分。少し遅れ気味である。

そこから頂上までは約1時間。次第にきつくなるトレイルをなかばよじ登りながら頂上手前にたどり着く。ここから先は荷物を降ろしていった方が良さそうだ(今回は出発前にバックパックの重さを量ってみたのだが、淳ちゃんで24キロ、私は16キロあった。足場が悪いとバランスを崩しかねないのだ)。

10時30分、無事レナナ峰にたどり着いた。南の方角から少しずつ雲がやってきてはいるが、まだ天気も大丈夫。眼下には頂上すぐ下にある山小屋、オーストリアン・ハットAustrian Hutの赤い屋根が見えた。その右には主峰バチアン、ネリオンとレナナ峰の間に展開する赤道直下の氷河、ルイス氷河Lewis Glacier。天気が良いうちに、と慌てて主峰バチアン、ネリオンを背景に記念撮影をする。

「うーん、普通やな」。せっかく頂上まで来たのに淳ちゃんのこのコメント。まあ、でもわからないでもない。私たちはやっぱりピーク・ハンターではないらしい。頂上を制覇する喜びというものを、あまり感じないのだ。むしろ峠を越えた時の方が、感慨深かったりする。そして、このルイス氷河。普段は雪におおわれていると聞いていたが、まさにその通り。上から見るから尚さらだろうか、ただの雪原に見えなくもない……。

それでも、目標は果たしたのだ。赤道直下の氷河を見ること。レナナ峰に登ること。ガイド無しでたどり着くこと。そのどれも達成できたのだ。贅沢を言わずに下山しよう。

にわかに雲が増えてきた。オーストリアン・ハットはもう見えない。私たちはここからナロ・モル・ルートに進路を変える。ケニア山北斜面のシリモン・ルートから、南西斜面のナロ・モル・ルートへ。つまりレナナ峰を境に「向こう側」へ越えなければいけない。だが、そのようなトレイルは見あたらない。

困った。昨夜まで一緒だったジェームス一行は同じルートを下りているはずだ。オーストリアン・ハットのさらに先まで同じルートを下り、そこから分岐するサミット・サーキットでシプトンズ・キャンプに戻るはずなのだ。朝も天候が悪いわけではなかったので、予定変更は考えられない。それに、登りのトレイルは頂上手前まで足あとがしっかり残っていたし、下っていく新しい足あとは見あたらなかった……。彼らはレナナ峰から南西側、ナロ・モル・ルートへ下山しているはずなのだ。だが、彼らの足あとがまったく見あたらない。

視界はどんどん雲に遮られ、頂上からトレイルを探すことは不可能になってしまった。どうする……。

無理は禁物である。私たちは登ってきた道を引き返すことにした。先ほど通過したハリス池、そこから分岐するサミット・サーキットを使えばオーストリアン・ハットに行くことができる。シプトンズ・キャンプからレナナ峰を経由してナロ・モル・ルートへ下る道。これはちょうどサミット・サーキットの中心部を貫いている形になる。つまり回り道ではあるが、レナナ峰の東側を回りこむサミット・サーキットを使えば同じことなのだ。オーストリアン・ハットにたどり着くことができる。これは天候不順時に取るルートとして、あらかじめ頭に入っていたルートでもある。

とにかくハリス池まで戻ることにした。雪のせいで登りより気を使う。が、息が上がることはないのでまだラクだ。

11時30分、ハリス池に戻ってきた。まずは紅茶でも沸かして(ストーブはやはり絶好調だった)、昼食を取ることにする。だが、天候は悪化していった。南から次々やってくる雲は私たちの周囲を覆い、朝は見下ろすことができたシプトンズ・キャンプも見えなくなっている。たまにチラチラと雪も舞う。

シリモン・ルートから登ってくる多くの登山者はシプトンズ・キャンプで2泊する。それは1日を身軽に頂上付近の散策にあてるためだ。シプトンズ・キャンプに荷物を置きレナナ峰にアタックする。そのままナロ・モル・ルート側に下りサミット・サーキットの西半分を歩いてふたたびシプトンズ・キャンプに戻る。翌朝、別の傾斜が緩やかなルートを使いチョゴリア・ルートに抜けるか、登って来た道であるシリモン・ルートを戻っていくのだ。

とにかく今日は天気が悪い。それに目的も果たした。今日はいったんシプトンズ・キャンプに戻って一夜を明かし、明日天気が良ければサミット・サーキットを使ってオーストリアン・ハット側へ抜ければいいんじゃないだろうか。そう、淳ちゃんに提案してみる。

だが淳ちゃんの意見は違った。レナナ峰で見たルイス氷河に、納得がいかなかったのだろう。そして私の提案では、もし天候がさらに悪くなった場合シリモン・ルートを下山してしまうので、ルイス氷河を間近で見るチャンスはもう無くなってしまう。「今日、このままサミット・サーキットを歩いてオーストリアン・ハットに向かおう」という意見だった。「おれ、体力はまだまだあるしな」そう言い張る。

私はそれでも不安だった。時間はまだ6時間ほどある。オーストリアン・ハットまでは距離にして約3キロ。だがそのほとんどが標高4,600メートル地帯。途中にはトゥース峠Tooth Col(4,720m)もある。明日の午前中にチャレンジした方がいいんじゃないか……やっぱりそう思っていた。

3日目のストーブ故障事件の時も意見が別れた。それに限らずいつもそうなのだが、こういう場面になると私は消極的意見、淳ちゃんは攻めの意見、に別れてしまう。ふたりとも極端なのだ。だが、だいたい淳ちゃんの意見が通ってしまう。消極的な意見と言うのはやはり説得力が無いものだし、幸運なことに今までそんな「攻めプラン」を採用していてもトラブルが起こったことはなかった。だが、いざとなれば私が頑として引かないことも淳ちゃんは知っている。

「どうせ下山すんねやろ。体力が無い方が優先やからな」ついに暴言を吐いた。すでにかなり疲れていた私を見た淳ちゃんは、現実的に下山せざるを得ないと見てそんな言葉を言ったのだろう。だが、昼食を取って少し復活していた私は、歩ける気にはなっていた。それよりこの天候のなか歩いて大丈夫なのか、ということの方が心配だった。

視界は相変わらず悪かったが、少し明るくなってきた気もする。雪は止んだようだ。行ってみるか。半分意地も入っていた。私が出す意見は、本当に消極的なだけのものなのか。いや、ガイド付きでない限り最大限の安全策を取るべきだ。そう考えたから出した結論だったのに、理解してもらえなかった。だが歩けないわけではない。だったら行こう。大変だろうけど、進もう。そう思ったのだ。


■危機訪れる

12時過ぎ、ハリス池をあとにする。急斜面を150メートルほど下りアッパー・シンバ池Upper Simba Tarnに出る。ここはチョゴリア・ルートとの分岐点になる。ここまで大きなケルンがいくつも建っていたのだが、そのケルンはチョゴリア・ルートのものだったらしい。サミット・サーキットのトレイルは急に狭くなり、わずかな足あとが見られるだけになった。ケルンの大きさは極端に小さくなり、その間隔も長くなる。

雪が降り始めた。視界はどんどん悪くなる。ポツポツとしか現れないケルンを探すにも苦労するほどだ。それでもこのケルンは間違いなくサミット・サーキットを示すものだ。常にほぼ南を向いている。もうしばらく歩いてみることにする。

しばらくするとスクエア池Square Tarnに出た。地図上では、トゥース峠まであとわずかだ。天候は最悪だが、順調だと見て良いようだった。

ところがトゥース峠はなかなか現れなかった。ケルンはしっかり意思を持って続いている。間隔が長い場所、見つけにくい場所もあるが、やはりほぼ真南に向かっているし、迷いもない。ケルンに従っていくしかないようだ。

後ろをふり返ると不安になる。もし引き返すことになった時、同じ道を帰ってこれるのだろうか。緊急時はアッパー・シンバ池で野宿になるだろう。そこまで戻れるのだろうか……。激しくなる雪は、自分の足あとさえ消しかねない。私たちは、見つけたケルンにさらに石を積み、わかりにくい場所には新しいケルンを積んで先へ進んだ。

もうすぐ15時になる。日暮れまで半分の時間が過ぎたことになる。戻るならそろそろ決断しなくてはいけない。トゥース峠までで半分の距離。その峠にまだたどり着かないのだから、そろそろ引き返すことを考えなくてはいけないのだ。淳ちゃんも神妙な面持ちだ。自分の意見を通したのはよかったのだが、事態は予想以上に深刻になってしまった……。

ふと見上げるとずいぶん大きなケルンが建っていた。さらに周辺にはいくつもケルンがある。それらは右方向に続いていた。峠が近いのかもしれない。そろそろ引き返さなくてはいけない時間だが、もう少しこのケルンに従ってみることにした。

予想通り、峠に出た。ペルーで歩いた様子とよく似ている。あそこかなー。そんな場所まで登り切り、ひょいと向こう側をのぞく。すると全く別の景色が待っているのだ。果たしてトゥース峠も同じだった。よっこらしょ、と登り切った先に目をやると、いくつかの小さい池をたたえた谷を見渡すことができた。視界が良くなっている……。

まだまだ油断はできない状況だったが、どうやら文字通り峠は越えたらしい。雲の切れ間も見える。引き返さなくても良さそうだ。私たちは、そのまま進むことにした。

地図上ではこの先100メートルほど下って、西方向へ進路を変え、ふたたび100メートルほどの斜面をゆるやかに登っていくことになっている。次のケルンを探してみたが見あたらない。だが峠を越えたことは間違いない。そのうちトレイルにぶち当たるだろう。私たちは安心しきって斜面を下っていった。

砂利の斜面だったせいもあってあっという間に下ってきた。前方では、少し平らな場所で淳ちゃんが休憩の体勢に入っている。空には青空も出てきた。もう大丈夫だ。淳ちゃんに追いついた私も、ホッとひと息、ザックを降ろしチョコレートを頬ばる。

だが、何かおかしい。本当ならルイス氷河やオーストリアン・ハットの気配があっても良さそうなのに、何も見えない。それにこの斜面の真下にある池は何だ。こんなもの地図にはない。

いやーな予感がして広域地図を広げる。今まではサミット・サーキットだけの地図を見ていたのだが、そんな池はどこにもないからだ。どれどれ? ん? ギャラリー池Gallery Tarn? あー……きっと、あれだ。左下に見える池。まるで中二階にあるかのような池。それに右手のはるか先、谷の底にある2つの池はトンプソン池Thompson Tarnだろう。間違えた。間違ってこの斜面を下りすぎてしまったのだ。すでにホブレイ谷Hobley Valleyに入ってきてしまっている。

とすると……、と右手に立ちはだかる斜面を見上げる。あの斜面の向こうがオーストリアン・ハットだろう。本当ならきっと、この峠からほぼ真西に進路を変えて峰づたいに進まなくてはいけなかったのだ。ん? あれは何だ? 双眼鏡でのぞいてみる。人工物に見えた四角い物体は、どうやらトイレのようだった。トタン製らしい。おそらくオーストリアン・ハットに併設されているトイレだろう。

どうする。またもや決断を迫られる。下りすぎてきてしまった斜面を登って向こう側に出れば、きっとオーストリアン・ハットが現れるだろう。目的地まであと少しだ。時間は15時過ぎ。この斜面を登るのに2時間はかかるはずだ。日没ギリギリといったところだろう。

もう少し行ってみようか。どちらともなくそう言った。もしここで断念すれば野宿になる。今回は山小屋泊がメインだが、テントは持っている。ストーブの調子もいい。水は無いが雪が残っている。これで何とかなるだろう。だがここは標高4,500メートル。夜は厳しい寒さになるだろう。もしあと少し歩いて屋根の下に行けるのなら……それならもう少し頑張ってみようか、という気になった。

だが歩き始めてすぐ、淳ちゃんが2度続けて石につまずいた。これはもう危ないサインだ。「今日はもうやめよう……」私たちは歩くのを断念した。今夜は野宿だ。さらに100メートルほど下った平らな場所まで移動することにした。

テントを張って夕食を取る。淳ちゃんの口数は少ない。ほとほと疲れ切っていることもあるが、今日の自分のジャッジを強烈に反省しているようだ。「おれのせいでこんな大変な目にあってしまったなあ。ごめんなあ……」珍しく、素直で神妙に反省の弁を述べている。よっぽどこたえたらしい。

「最後には私も行こうって言ったんだから、私にも責任あるよ」何だかお互い、なぐさめモードに入ってしまう。

いや、まだ油断はできない。明日の朝、もし天気が悪かったらどうする。また迷うことだってありえる。もし今晩大雪が降ったら。外に出られないかもしれない。あの斜面の向こうにオーストリアン・ハットがある、という保証も本当はないのだ。

だが、おそらく明日の午前にはすべてが解決しているだろう。オーストリアン・ハットのすぐ脇にあるルイス氷河を間近に見ていることだろう。

そう前向きに明日のことを考えながら、寝袋に潜り込む。「おれ、明日頑張れるか自信がないわ……」反省を通り越してすっかり自信喪失の淳ちゃんが、冗談半分、情けないことを口走る。そんなことより、この夜が越せるかどうかの方が問題だ。頂上付近ではマイナス20度になることもあるという。おそらく私たちにとって初めての寒さだ。地表からの冷えはひどいだろう。果たして眠れるのだろうか……。



■元の道へ戻る

朝がきた。無事、朝を迎えることができた。背中に感じる大地の冷え込みは、思ったよりひどくなかった。エアマットが壊れているのでウレタンマットをさらに重ねて寝ていたせいだろうか。体温を奪われることなく、意外に眠ることができた。

だがテントの中は、水分のあるもの、全てが凍っているようだった。水筒の中の水、濡れた手ぬぐい、汗をかいた靴……すべて凍っていた。やはりこれまでで一番寒かったらしい。眠れたことが不思議なほどだった。

テントは霜柱で囲まれている。雪を溶かしてお湯を沸かす。朝食のオートミールを食べようとするのだが、あっという間に冷たくなってしまう。スプーンについたミルクは、やはりあっという間にシャーベット状になる。

7時過ぎ、太陽が山のかげから姿を現した。暗く青い世界から一気に希望の世界に変わる。よし、今日は行けるぞ。右手にそびえる斜面を見上げる。今日進むルートはトレイルがあるわけではない。なのに足場が悪い。まずは、ゴロゴロと大きな岩場を越えなければいけない。そのあとは砂利場が続く。

遠く斜面の上に標識のようなものが見える。昨日は見えなかったものだ。あの棒を目指して歩こう。「おれ、今日はかなり頑張れそうやわあー」淳ちゃんの表情も明るい。

7時30分、出発。200メートルはあろうかという急斜面を登る。3時間はかかるだろう。その頃には、南から雲がやってくるはずだ。何とか、ギリギリ視界が良いうちに斜面の上までたどり着きたいものだ……。

トレイルではない砂利場は思った以上に登りにくかった。下りならかかとを使ってざざーっと下りていけばいい。だが、登りはその逆だ。登っても登っても進まない。まるでアリ地獄のようだった。

石が固まっている場所を選びながらコツコツと登っていく。足を止めることさえしなければ、たとえわずかでも前へ進むことを私は知っている。とにかくイライラしないことだ。前に進みさえすれば、いつか必ず斜面の上に立つことができる。そしてそこからは、レナナ峰の頂上から見たあの赤い屋根、オーストリアン・ハットが見えるはずなのだ。

10時過ぎ、目指していた道しるべにたどり着く。「左オーストリアン・ハット200メートル」。あった! もう大丈夫だ。今度こそ本当に私たち、助かったのだ……! 昨日越えた峠の方を眺めると、わかりにくいけれど1本のトレイルがこちらに向かって走ってきていた。



■ルイス氷河とご対面

トレイルは歩きやすかった。あっという間に斜面の上までたどり着く。目の前には、オーストリアン・ハット、そしてルイス氷河が展開されていた。

助かったー! 本当に本当に助かった! やっとオーストリアン・ハットにたどり着いたー! 私たちはガッチリ固い握手を交わし、抱き合ってお互いの健闘を讃えた。……なんて書くと、ずいぶんオットコ前な感じだが、正直私は泣いていた。やっと安心することができたせいだ。感極まって大泣きしてしまいそうな場面を、男らしく(?)かわしてみただけだ。

それにしても、本当に良かった。もう心配することはない。

いつのトレッキングでも、道に迷うことや1泊停滞することは予想の範囲内だ。だから、どんなに高くても地図は必ず買うようにしているし、コンパスも持っている。それに1週間程度の予定なら1.5日分ほどの予備食料を持ってきている。だが、今回はその予想が現実になってしまった。さすがに焦った。

やはりジェームスにガイドをお願いすべきだったんだろうか。そうかもしれない。いや、ナニュキでガイドを頼んで入山すべきだったのかもしれない。それも当たっている。何より、あのハリス池で判断したこと。お互い意地があったのではないか。氷河をどうしても見たい淳ちゃんの意地。いつも守りに入ると言われた私の意地。本当の意味で冷静なジャッジができていたとは言いがたい。それもこれも「今度も大丈夫だろう」という甘えが出てきていたせいだろう。確かに今までは何もなかった。これは自分たちが気をつけていたこともあるが、本当にラッキーだっただけのことなのだ。その事実に甘えてしまって、今回も何もトラブルがないはずだとタカをくくっていたのではないだろうか。そんな気がする。

ルイス氷河をすぐ近くで見ることができた淳ちゃんは、さらに大喜びだ。もうどこへいってしまったのか、私のいる場所からは見えない。

ルイス氷河もやはり氷河だった。ポカリと開けた口の内部は青かった。地球温暖化の影響もあり猛スピードで後退している氷河のようだ。思っていたより確かに規模は小さかったが、これはまさしく赤道直下の氷河なのだ。見ることができて本当に良かった。氷河は上から見るものではないのだな、と思う。特に山の斜面に展開する氷河は、その先端部から見上げるに限る。氷河は対面しなくてはいけないのだ。ルイス氷河の端っこを目にしてそう思った。

あとは下るだけ。1日遅れたが今日はマッキンダーズ・キャンプで1泊。明日は一気にナロ・モル・ゲートまで歩くつもりだ。

そうして7日目の11月10日、私たちはふもとの町ナロ・モルに無事たどり着いた。「いやあ、今回のトレッキングは色んな意味で重かったわー」淳ちゃんのまとめが入った。そう。確かに、次のトレッキングに向けてめちゃめちゃ教訓になったトレッキングだった。

次のトレッキング? 次私たちが目指すのは、ヒマラヤだ。







▼トレッキング 覚え書き

11/4 曇→雨
Nairobi → Nanyuki 車移動約200キロ

11/5 曇→雨
Nanyuki → Shirimon Junction  車移動16キロ
Shirimon Junction → Shirimon Gate 9キロ

11/6 晴
Shirimon Gate → Old Moses Camp 10キロ

11/7 晴→曇→雨
Old Moses Camp → Shipton's Camp 12キロ

11/8 晴→曇→雪
Shipton's Camp → HobleyValleyの斜面途中 約6キロ

11/9 晴→曇
HobleyValleyの斜面途中 → Mackinder's Camp 約5キロ

11/10 晴→曇→晴
Mackinder's Camp → NaroMoruGate先 21キロ
NaroMoruGate先 → NaroMoru 車移動15キロ






 
アフリカ マウント・ケニア国立公園
あれよあれよと霧に包まれてしまいました。前方、何も見えず。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 マッキンダー谷
マッキンダー谷の様子。この谷の奥まで進めばシプトンズ・キャンプです。右に写っているのがロベリア・テレキ。何かのぬいぐるみみたい。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 シプトンズ・キャンプ
シプトンズ・キャンプにて。ストーブ、絶好調です。いつもは3分で茹であがるパスタを採用しているのですが、高地で調理するとあまりにもまずいので今回は5分パスタ。これだけでもずいぶん味も気分も違うんですよ!

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 グレゴリー氷河
ケニア山北斜面の朝焼け。実は北斜面にも小さな氷河があってグレゴリー氷河Gregory Glacierと言います。赤道直下ながら北斜面の方が小さな氷河になるということは、ここは紛れもなく南半球なんだな、と興味深かったです。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山
そして歩き始めたところ。3時に歩いていたら見られなかった光景。美しい……。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山
最初の関門である斜面を登っているところ。奥に写っているのが主峰です。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 ケニア山 山頂
反対側に目をやると……右手にはセンデオとテレレの姿。はるか下にはシプトンズ・キャンプの緑屋根(見えますか?)。うーん、登ってきていますねー。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 ケニア山 山頂
かなり急斜面。空気も薄い。えっちらおっちら登っております。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ハリス池 レナナ峰
ハリス池を過ぎたところ。左にチョンと突き出ている岩。あの奥がレナナ峰の頂上4,985メートルです。あと少し!!

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 チョゴリア・ルート
これはチョゴリア・ルート側へ目をやったところ。氷河の激しい浸食のあとが見られる美しいルート。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ケニア山 頂上
頂上までホントあとひと息。足元が悪くなってきているので、慎重に登ってきています。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ケニア山 頂上
そして無事登頂!記念撮影しました。雲が少しずつ迫ってきています。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 レナナ峰 ルイス氷河
レナナ峰頂上から眺めたルイス氷河。ただの雪原に見えなくもありません。左手すぐ下にはオーストリアン・ハットの赤い屋根が見えました。それにしても……トレイルはどこへ消えたんだ!!

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 アッパー・シンバ池
あっと言う間に天気が悪くなってしまいました。これはアッパー・シンバ池の手前。このあと写真を撮る余裕が無くなってしまい、写真はありません。ゴメンナサイ。。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 野宿
そして野宿をすることになった場所。おぉ……寒そう。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 オーストリアン・ハット
翌朝、快晴でした。天気の良いうちに登り切るぞ!と歩き始めたところ。この斜面の向こう側にオーストリアン・ハットがあるはず!手前右手にあるちょっとした空き地。ここにテントを張っていたのでした。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山
最初に越えなければいけなかったのがこの岩地帯。しんどいです。このあと砂利地帯でさらに苦戦します。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 オーストリアン・ハット ルイス氷河
そしてたどり着きました、オーストリアン・ハット。そしてルイス氷河!これこれ!こうやって氷河と対面したかったんですよね。苦労したかいがありました。奥が主峰、レナナ峰はこの左手にあるので写っていません。

 
アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ルイス氷河
氷河の先端部。ただの雪原ではありませんでしたね。氷河です。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ルイス氷河
こらっ!またそんな危ないことをして!!まったく懲りない淳ちゃんです。どうか、誰もマネしないでください。こんな光景を見るたびにいつも「あー、淳ちゃんともこれでお別れかも」と本気で覚悟するんです。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ルイス氷河
で、何をしていたかというと、撮影。氷河の中はこんな感じになっていたそうです。もう2度とこんなことしないよーに!!

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ナロ・モル・ルート
そしてお昼を過ぎるとあっという間にまた曇天。今日は雨は降りませんでした。これはオーストリアン・ハットからナロ・モル・ルート側へ下山しているところ。ルイス氷河のもうひとつの先端が見えます。いわゆるナロ・モル・ルートはケニア山正面。個人的にはやはりこのルートから登っていった方が景色を存分に楽しめるんじゃないかなーと思いました。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ケニア山 マッキンダーズ・キャンプ
そしてたどり着いたマッキンダーズ・キャンプ(別名テレキ・ロッジといいます)。バックには、かすかーに雲の間にそびえるケニア山の姿が……。何はともあれ、無事にここまで下りてこられて本当によかった。

アフリカ マウント・ケニア国立公園 登山 ケニア山 テレキ谷
登りならケニア山正面を眺めながら標高を稼ぐことのできるテレキ谷Teleki Valley。3,500メートル地点までは快適だったのですが、そこから先はもうグチャグチャの湿地帯。道には迷いかけるし大変でした。これでケニア山ともお別れ。色んな意味でありがとうでした。




▼PART49 2006.02.09 腸チフスからのリハビリ・トレック 〜ネパール アンナプルナ自然保護区
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