10日ほど前、チリからアルゼンチンに向かうバスの途中で、スゴイ氷河を見た。いつも立派な氷河を見ると、間近で見たい!という衝動にかられる。バスの助手の話によると、名はイェルチョ氷河Glaciar Yelcho(グラシアール・イェルチョ)。氷河に続くトレイルはあるが、現在はシーズンオフなので封鎖ということだった。「封鎖???」と疑問を抱きながらもあきらめてしまった。僕にもう少しの行動力と勇気さえあったら、あの場でバスを止めてもらうことも可能だったし、次の村で情報収集することも可能だった。「あの氷河すごかったなあ……」。結局、イェルチョ氷河は幻となった。
自転車で2泊3日のツーリングをしてきた直後だけに疲れも溜まっている。宿の環境も良いし、ホームページの更新もしたい。とにかく3〜4日、ゆっくりしようかー、なんて話をしている時だった「明日朝8時発でチリ国境行きのバスあり」という情報が飛び込んできた。この周辺はバスの便が悪く、チリ行きともなると週2便しか走っていない。このタイミングでこの情報。
明日そのバスでチリまで行く → そこからヒッチハイクでイェルチョ氷河入り口まで行く → 封鎖と言われたトレイルを歩く → イェルチョ氷河が目の前で見られる → ……キラーン(目の輝き)!
勝手に思い巡らせていたら、ちーちゃんにはバレバレ。「行ってきたら?ひとりで行きたいんやろ?」。いつもは「勝手に人の心を読むな!」と思うところだが、今回は説明の手間が省けて助かった。実はここ1ヶ月ほど何度かちーちゃんにひとりでトレッキングがしたいと訴えていた。理由はひとりでトレッキングがしたかったからだ。この発言は問題発言として取り上げられ、何度かケンカにもなった。
晴れて僕は、ひとり旅に出た。しかも国境を越えるので海外旅行だ。正確には外国旅行だが。月曜出発、金曜までに帰ってこなかったら捜索願いを出す、とのことだった。イェルチョ氷河に関する情報は何も持っていない。「本当にトレイルはあるのか」「封鎖という話の真偽」「歩き出してどれくらい(何日?)で氷河にたどり着けるのか」など不安点は多かったが、とりあえず3日分の食料を用意して出発した。
ヒッチハイクに苦戦したが、何とかその日のうちに氷河に続くトレイル入り口までたどり着けた。乗せてきてくれたオヤジに礼を言って、車を見送った瞬間、どっと喜びがこみ上げてきた。ラッキーなことに入り口はキャンプ場。暗くなってきていたので、大急ぎでテントを張り、夕食を済ませた。テントのすぐ横を流れる川は、まぎれもなく氷河の川の色だ。トレイルも確認。「これは行ける」と確信。雨が降り出していたが、わくわくしてなかなか寝つけなかった。
翌日、昨夜からの雨は降り続いていたが、とりあえず「下見」ということで、水とおやつと方位磁石にカメラをポケットに入れて、歩き出した。
拍子抜けするほどトレイルは整備されていて安心したが、昨夜からの雨で川のような状態になっている。レインフォレストを歩くこと2時間。森を抜けたところで、イェルチョ氷河が姿を現した。氷河までの距離はまだまだ遠いが、トレイルはここで終わりのようだ。ここからは川沿いに進むことになる。1時間ほどで氷河の正面に着いた。
雨も小降りになり、少し晴れ間も見えてきた。登れそうなところを見つけてはよじ登り、いろんな角度からイェルチョ氷河を見た。「下見」のつもりだったが、意外にもキャンプ場から近かったのでしっかり満喫できた。もっと眺めていたかったが再び雨が降り出してきたので、明日もう1度来ようと決め、引き返すことにした。
3日目、朝から晩まで雨。テントの中で1日を過ごした。こんなこともあろうかと持ってきた本がとてもおもしろかった。カッパも靴もベタベタなので外に出て調理する気もおこらず、クッキーと牛乳(粉ミルクに水をまぜたもの)とビタミン剤がこの日の唯一の食事となった。ふたりでいる時は絶対に許されない行為だ。とにもかくにも、前日に氷河を満喫できたおかげで、すっかり余裕ができていたのだろう。テントを叩く雨の音と氷河から流れる川の音に包まれた、平和な1日となった。
次の日も雨。3日前にキャンプ場に着いてからというもの、雨が止んだのは氷河まで歩いた日の約2時間だけ。ツイているのだか、どうだか。それにしても、ものすごい降雨量だ。
水浸しの靴を履き、今や意味を成していないベタベタのカッパを着込んで、中も外もグショグショになっているテントを片づけた。捜索願いを出されたらたまらない。今日発たないと、約束の金曜日に戻れないのだ。近くの村まで20キロ近く。1時間ほど歩いたところで車が通り、ヒッチハイクに成功。ずぶ濡れの僕を機嫌良く乗せてくれ、さらにはビールまで出してくれた。オヤジも運転しながらグビグビやっている。村で降ろしてもらい、チリ側の国境の街行きのバスを待っていた。
ひどく濡れている僕を気の毒に思ったのだろう。通りすがりのおばちゃんが「バスの時間まで私の家で休憩しなさい」と家に連れて行ってくれた。家におじゃました瞬間、薪ストーブのぬくもりに包まれ、涙が出そうになった。思えばこの3日間は寒さとの戦いでもあった。あれほど乾かなかったカッパが、ストーブの前にいるだけで、みるみる乾いていく。おばちゃんがコーヒーとパンを持ってきてくれた。大げさな笑顔と大きな声の「グラシアス!!(ありがとう)」でごまかしたが、おばちゃんの優しさに涙をこらえるので必死だった。
バス停までおばちゃんに送ってもらいお別れをした。あの薪ストーブとおばちゃんの心の温もりを僕は一生忘れないと思う。
この日はチリ側国境の街宿で一泊。シャワーを浴び超ゴキゲン。ついでにワインを飲み過ぎた。
そして最終日。いよいよアルゼンチンに戻る日だ。週に2便の国境行きのバスが、なぜかどれだけ待っても来ない。道行く人に聞いてはみるものの、皆首をかしげるだけで、これと言った情報は得られず。とりあえず歩きながらバスが追いかけてくるのを期待した。とりあえず国境まで10キロ。歩けない距離でもない。運良く途中で地元の人の車が通り、国境まで送ってくれたので、本当に助かった。国境でバスを乗り換え街に戻るつもりだったが、本日アルゼンチン側もバスはないようだ。街まで40キロ近くはある。歩ける距離ではないが、しかたがないので歩き始めた。車が極めて少ない道なので、ヒッチハイクも非常に難しい。
かなり歩いた頃、国境へ向かうであろう車とすれ違った。軽く手をあげ挨拶をした時「ああ、この車が逆方向やったらなあ」と一瞬思ったのを覚えている。ところがこの車が戻ってきたのだ。どう見てもさっきすれ違った車だ。どうやっても乗せてもらわなければという思いだった。車が止まった。「街まで乗せていってください」いつもなら「どこまで行くのですか?」と聞くところだが、捜索願いがかかっているのでそんな悠長なことは言っていられない。「今から釣りに行くからそのあとで良いなら街まで乗せていってあげるよ。時間は大丈夫?」アメリカ人とドイツ人の旅行者だった。一見、普通のワゴン車だったが、スライドドアを開けると中は立派なキャンピングカーになっていた。どうやらこの近辺で釣り場を探していたようだ。「魚が釣れたら刺身にして食べよう!」と盛り上がっていたが、アタリはまったくだった。その後、街まで送ってもらい、僕は無事ちーちゃんの待つ1泊280円の宿に戻ることができた。ちーちゃんが元気にしていたので、ホッとした。ちーちゃんのお父さんとお母さんに「千尋をひとりにして!何かあったらどうするの!!」と怒られそうなので、ひとり旅はもうしないと思う。
[淳二]
▼トレッキング覚え書き
4/5 雨→晴→雨
Glaciar Yelchoトレイルヘッド → Glaciar Yelcho
トレイル終点まで約2時間。さらに氷河近くまで約1時間。
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キャンプ場とトレイルの入り口の看板。やっと到着。無人のキャンプ場というだけで、問題は無さそうだ。
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今は封鎖になっている山小屋の影にテントを張る。
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ちょっとした小川と化しているトレイル。
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わかりますか?Fin Sendero。トレイル終了という意味。右上に見えるのがイェルチョ氷河。
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Fin Senderoからここまで約1時間。いよいよだ。
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少しずつ急になっていく傾斜。ゆっくり登っていきます。
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いよいよ危険地帯。まだまだ登れそうだ。
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岩がむき出しになっている部分を頼りに、かなり上がってきました。
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見下ろす氷河の先端は、押すな押すなの大騒ぎ。
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登ってみると大きさを実感。
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青空ものぞき、ご満悦。
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