World Odyssey 地球一周旅行

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旅の日記
見たもの、乗ったもの、食べたもの…たくさんの驚きを写真と一緒にお伝えします。



▼PART32 2005.04.08 予想だにしなかったゴッツイ氷河
>>チリ セロ・カスティージョ



ビジャ・オヒギンスから週1便だけ出ているバスに乗り込んだ。朝9時30分。夕方には約240キロ北にあるコクラネCochraneという町に着くだろう。バスは、いくつもの氷河を越えて未舗装路を進んでいく。人っ気のまったくない道だ。

コクラネに着いた私たちは次の日、町のインフォメーションに向かった。が、すでに2月末でクローズ。役場でトレッキングの情報をもらおうとするが、いまいちピントが外れている。私たちは翌日、約330キロ離れた次の町コイアイケに移動することにした。コイアイケはこの辺りでは比較的大きい町なので、食糧事情も良くなるはずだ。

ビジャ・オヒギンスのモスコ氷河で、不完全燃焼気味の私たちは、コイアイケからさらに2つの氷河を見に行きたいと思っていた。

ひとつはサン・ラファエル氷河Glaciar San Rafael(グラシアール・サン・ラファエル)というチリでも最大級の氷河だ。北パタゴニア氷床Campo de Hielo Norte(カンポ・デ・イエロ・ノルテ)の中心的な存在で、サン・ラファエル湖国立公園Parque Nacional Laguna San Rafael(パルケ・ナシオナル・ラグーナ・サン・ラファエル)にも指定されている。ただ、アクセスが非常に限られていて、一般的な観光ルートは、コイアイケから約80キロ離れたプエルト・チャカブコPuerto Chacabucoから日帰りクルーズに出るか、プエルト・モンから全行程5日間のクルーズ船に乗るしか無いのだった。いくら氷河好きの私たちでも、船からの観光はNGだった。連れて行ってもらう氷河では感慨が薄いのは、ペリト・モレノ氷河で十分わかっていたからだ。ハードな思いをしないまでも(結果的にいつもハードになってしまうのだが)、自分の足で見に行きたい、そう思っていた。

サン・ラファエル氷河については、私たちはひとつの噂を耳にしていた。どうやら、サン・ラファエルへのトレイルがあるようなのだ。この氷河は北パタゴニア氷床から直接海に落ちている氷河だ。すぐそばには、標高4,000メートルを超えるサン・バレンティン山Monte San Valenti'n(モンテ・サン・バレンティン)もそびえている。ところが、コクラネからコイアイケに向かう途中の町、プエルト・リオ・トランキーロPuerto Ri'o Tranquiloから西へ、道が延びているらしいのだ。ビジャ・オヒギンスに入った際もらったこの辺り一帯アイセン州の地図にも、ラグーナ・サン・ラファエル近くのバヒア・エスプロラドーレスBahi'a Exploradoresまで、実線と点線で示されている。この道路が完成していないだろうか……。私たちはかすかな望みを持っていた。

だが、サン・ラファエル氷河への道は遠かった。コクラネからコイアイケへ向かう途中、寄る町ごとにこの道の存在、トレイルの存在を聞いてみた。が、誰も知らない。コイアイケのインフォメーションでは、道はまだ完成していない、とはっきり言われてしまった。だが、私たちもあきらめない。もうひとつ方法があった。それは飛行機だ。日帰りのセスナフライトが飛んでいる(4人で1日ツアー約3万円)。飛んだ先のトレイルの状況次第では、決して高い出費ではないだろうと考えていたのだ。ところが、国立公園を管理しているCONAFのオフィスで聞いてみると、約1時間でまわれてしまうようなトレイルしか無いと言うのである。レフヒオもキャンプ場も用意されているが、これでは物足りない。おそらくアイス・クライマーのための施設なのだろう。私たちは、サン・ラファエル氷河を諦めることにした。もしかしてどこかにトレイルがあるのかもしれないが、ここまで一般的でないトレイルでは危険が伴う。そしてやっぱり、クルーズ船に乗るのは、どうしても気が進まなかった。

残るもうひとつの氷河は、セロ・カスティージョCerro Castilloという山にある。ここはロンプラにも紹介されているトレッキングコースだ。一帯はセロ・カスティージョ国立保護区Reserva Nacional Cerro Castillo(レセルバ・ナシオナル・セロ・カスティージョ)に指定されている。

カスティージョとはスペイン語で城を意味する。玄武岩でできた山なので、まるで中世のお城のような尖った小塔がいくつも伸びているのである。カスティージョとかカテドラル(聖堂)という名前が付いた山は多い。確かにそんな形をしていることが多い。だが、ここまで大々的に取り上げられるからには、かなりおもしろい山なのだろう。実際、チリ北部から南下してきた旅行者からも「セロ・カスティージョ、いいよー!」と聞かされていた。

その彼らが「氷河がスゴかった!」と言っていたのである。チャルテン村でその話を聞いた私たちは、まだまだピンきていなかったせいで、それがどこのどんな氷河なのか、詳しく聞くまでに至らなかった。むしろ「北から降りてきたヤツが氷河スゴイって言っても、まだこの辺りのスゴイ氷河を見てないからなあ」なんて、彼らの判断基準を疑ったりもしていたぐらいだ。

だが、ここまで氷河にこだわり始めると、やっぱり彼らの言葉が思い出される。「氷河スゴかったって言ってたよなあ……」淳ちゃんも同じのようだ。ロンプラに載っている氷河はペニョン氷河Glaciar Pen~o'n(グラシアール・ペニョン)のひとつだけ。あとは名もない氷河がちょろちょろと山の周りを囲んでいるだけだ。CONAFのオフィスでもらった地図(これまたたいそうな地図である)には、ひとつも表示されていない。

スゴかったのはたぶんペニョン氷河なのだろう。そういう結論に落ち着いた。実はセロ・カスティージョのトレイルは標高が高い。2泊目にあたるセロ・カスティージョのふもとのサイトで約1,200メートルある。寒さに相当自信が無かった私たちは、CONAFのスタッフ(レンジャーではない)が「まだ大丈夫よ」と勧めるのにもかかわらず、1泊2日でペニョン氷河だけ見に行こうという計画を立てた。氷河を見たいのなら欲張りすぎるとえらい目に遭うんじゃないだろうか。セロ・カスティージョまで見たいなんて、季節はずれのこの時期、欲張りだと思ったのだ。

そうしてコイアイケのスーパーで予備も含めた2泊分の食料を買い、私たちは翌朝の出発に備えて宿で準備を進めていた。が突然、淳ちゃんがやっぱり2泊で行くと言い始めた。セロ・カスティージョに行くのにセロ・カスティージョのふもとの湖まで行かないのはおかしい、と言うのだ。言うことはわかる。もっともだ。だが、寒いだろうからやめておこう、とさっき話し合ったばかりなのだ。その分の食料しか準備していない。予備はあくまで予備だ。スーパーはもう閉まっているし、明日の朝は早い。セロ・カスティージョの村で食料を足すこともできるが、スタート地点から約30キロも離れている。ヒッチをして戻ったってタイムロスは計り知れない。ついには、まだ量に余分のあったパスタの麺だけを持って行く!とダダをこね始めた。「1泊ぐらい素パスタでも大丈夫や!」と言うのだ。確かにそれもいけるだろう。だが、私が怒っているのは予備の夕食を「素パスタ」にしたことではないのだ。とうとう最後には「もうオレ1人で行く!」となってしまった淳ちゃん。こうなるともうどうしようもない。

2人とも焦っていたのだろう。ディアブロ湖へのトレッキングは失敗に終わった。そしてモスコ氷河へのトレッキングも不完全燃焼だった。サン・ラファエル氷河への道は閉ざされた。これが最後の氷河かもしれない。氷河をたくさん見たいと思っていたのに、なかなか思うように氷河を見ることができない……。いよいよセントラルパタゴニアエリアに入り、パタゴニア旅行の終わりが見えてきて、私たちはそれぞれ、不要な焦りを持ってしまっていたに違いない。

翌朝、ギリギリのタイミングで仲直りが成立し、私たちはバスに乗った。新たな予備食料も運良く買うことができた。「今日も明日もめっちゃ距離があるし、コワイ場所もあると思うけど頑張らなあかんで」淳ちゃんが私に言う。そうだ。これが最後の氷河になるかもしれないのだ。無理をしてはいけないけれど、最低限ロンプラで紹介されている行程はこなしていかないといけない。今日のトレッキングは、ディアブロ湖の時のように無理な距離設定も入っていないし、モスコ氷河の時のようなハード過ぎるポイントも無いはずだ。とにかく、歩ききってみよう。昨日、淳ちゃんは結局最後まで「ちーちゃんのせいで行きたい場所にも行けない」とは言わなかった。だが、私が足を引っ張っていることは間違いない。ここらでひとつ、2人が大満足できるような結果をぜひ導きたいものだ。

バスはコイアイケから約75キロの地点ラス・オルケタスLas Horquetasに止まってくれた。ここは停留所ではないけれど、トレイルヘッドにあたるので、バスの運転手もよくわかっている。11時、いよいよスタートだ。

初日の行程は約18キロ。リマ川Estero la Lima(エステロ・ラ・リマ)沿いの比較的開けた谷を進んでいく。ここでも途中で3回ほど靴を脱がなくてはいけない川越えがある。昨日CONAFのスタッフはそんなこと何にも言っていなかったなあ……ついつい不満が出るが、ここはもう越えるしかない川だ。今回は同じ道を戻らなくて良いというのも、少しプラス材料になる。リバークロッシングのポイントに差しかかるたびに、ビジャ・オヒギンスからずっと道中が一緒の日本人Hさんに追いついた。彼は歩くのは速いのだが、靴下を2枚履いているせいで時間がかかってしまうらしい。私たちは歩くのは遅いわりに、川を渡り終えたら足の冷たさを歩いて解消しようとそそくさと歩き始めてしまう。そうして、何度もHさんと出会いながら、国立保護区内のトレイルに入っていった。ここまでは4WD車が通れる道。距離が長い割には意外と速く進むことができる。

16時30分、目的のキャンプ場にたどり着いた。キャンプ場は無料なのに、素晴らしい設備の充実ぶりだった。テーブルにベンチ、そして焚き火用のかまど、ボットン式のトイレも設置してある。急いでテントを張り、ここから始まるサイドトリップ、ペニョン氷河へ向かう。このところ日の入りは19時近くにまでなってきている。だが往復1時間というから何とかゆっくり見ることができるだろう。

リマ川の上流をさかのぼるように川岸を歩いていく。ごろごろした石がものすごく歩きにくい。遠く先には、見たことのある地形。峠だ。まるで、魔法の扉のように山と山が重なるちょうど真ん中に開けた場所、あそこを通るのだろう。手に取るようにわかる地形を確認することができた。峠越えは明日である。

右手にはそろそろペニョン氷河の姿が見えても良さそうなものである。だが山の頂に冠のように張り付く氷河以外、確認することができない。「もうちょっと先へ行ってみましょうか」やっぱり一緒になったHさんが言う。私たちも、さらに先へ進んでいった。

「あれ、かなあ?」淳ちゃんが言う。氷河に良い悪いを言えるほど、まだまだ私たちはプロフェッショナルではないのだが、どうしても「ショボイ」という印象をぬぐえない。確かに規模は大きそうだ。だが、角度が悪い。そして湖へ落ちる先端部がどうも汚い。うーん……。またもや、不完全燃焼である。時間は18時。河原を歩いて足がグラグラになってしまった私は残って、淳ちゃんとHさんの2人、あと30分だけもう少し先まで見に行ってみようということになった。私は後ろを振り返り、むしろペニョン氷河より何倍も美しく感じるリマ川沿いに広がる谷の風景を満喫していた。30分後、風が強くなってきたのでひとりキャンプ場へ向けて歩き始める。

息を切らして淳ちゃんが追いかけてきた。さっきまであんなに小さくしか見えなかったのに、どうやって追いかけてきたのだろう。「いや、なんかイマイチやったからもう戻ってきたわー」ということらしい。もしかしてこれが最後の氷河だったのかも知れないのだが、なかなか潔い判断である。淳ちゃんの中で、氷河に対する価値基準ができつつあるのかも知れない。

19時、あっという間に暗くなった。焚き火の明かりを頼りに急いで夕食を取る。予備食料を買い足してあるから、お腹いっぱい食べても大丈夫だ。「今晩はどれぐらい冷えるんやろうねー」などと、まだまだ冗談半分の私たちだった。

翌朝は雨の音で目が覚めた。ということはあまり寒くないのだろう。でも雨というのはやっぱりへこむ。パイネでの峠越えの朝とずいぶん雰囲気が似ている。雨が降ると、決まって淳ちゃんはふて寝だ。7時、もうトイレがガマンできない!と外に出た私が見たものは、青空と白く光る雪山だった。「淳ちゃん!晴れてるでー!」慌てて呼びかける。0.3秒でテントから飛び出てくる淳ちゃん。「おー!キレイやないかー!」かなりゴキゲンだ。

朝ごはんの間にもう一度雨に降られながらも、9時、峠に向けて出発した。標高差は約800メートル。今日の目的地までは約14キロある。峠付近は2月まで雪が残っていることもある、と書いてあったが、今日遠くから見る限りでは、峠に新しく雪が降った形跡はないようだ。昨日の雨で雪を被ったのはもっと大きい山たちだ。

10時30分、峠に差しかかった。まだ残っていた万年雪を踏みながら、峠を歩く。超順調だ。

峠を越えたあたりから急に風が強くなってきた。それも痛いほどの冷たさ。時折雪も混じる。慌てて服を着込む私たち。それでも峠の向こうに広がる景色は雄大だった。いよいよセロ・カスティージョのふところへ入り込んだのだ。さっそく、雪煙の中に尖塔が現れた。昨日のペニョン氷河は何だったんだ、と言いたくなるような、荒々しく格好良い氷河が私たちを迎えてくれる。名は無いようだ。「こりゃーすげー!」あまりの寒さにあっという間に下へ降りていってしまったHさんとは対照的に、私たちは記念撮影に必死である。上からも下からも吹き付ける風。頬にあたる雪。それでも撮れた写真は超笑顔だ。良い感じで燃焼し始めた私たちだ。

「もうこれで帰ってもええぐらいやな!」そう言いながら、峠を下り始めた。「もしかしてさっきのがセロ・カスティージョかなあ」そんなわけないのに、そう思ってしまうほど実は満足している私たちだ。下りのトレイルは、登りとは違い、足元がとても不安定で、かなりの集中力が必要だ。さっき通った峠は標高約1,400メートル。今日目指すキャンプ場は標高約1,200メートル。峠の上からもキャンプ場のある湖を確認することができた。ずいぶん高い場所にある。「これは相当寒いやろうなあ……」さすがの淳ちゃんも心配げだ。「湖のそばは開けているっていうからさらに寒いやろうし、今日はその手前にある森の中のキャンプ地で寝よか」。プラン変更が浮上してきた。今日の私は、できるだけ消極的なプラン変更を提案しないようにしてきた。だが、淳ちゃんからの申し出ならノー・アイ・プロブレマ!(問題なしという意味)だ。湖へは明日寄るとして、今日は風を防げる森の中でキャンプをすることにした。トレイルはずいぶん降りてきてしまっているので、また登りが入るのだろう。私たちは峠から流れた川とセロ・カスティージョふもとにあるカスティージョ湖Laguna Castillo(ラグーナ・カスティージョ)から流れる川が合流しボスケ川Estero el Bosque(エステロ・エル・ボスケ)になる地点、ちょっと開けた場所にあるミラドールでまたもや記念撮影に盛り上がったあと、先を急いだ。

途中CONAF運営の無料キャンプ場(Camping Estero el Bosque)があることは、ロンプラにもCONAFでもらった地図にも書いてあった。だが、その位置関係やボスケ川沿いに村へと伸びるトレイルなど、ロンプラと地図との整合性が取れていないばかりか、トレイル分岐点すら見つからないという状況だった。私たちは今回、ロンプラで紹介されている4日間の行程すべてを回るわけではなく、3日目、山越えをして村まで帰るショートカットプランを選んでいる。本来の3日目にあたる部分のトレイルがわかりにくくて困った、という話は前述のカップルから聞いていたが、このエリアもおかしいとは思わなかった。私たちが今日進むべきトレイルはしっかりあるのだから心配することはないのだが、CONAF製の地図もロンプラも怪しいとなると、明日の行程が心配になってくる。もし迷ったら、少し戻ってボスケ川沿いのトレイル(CONAF製の地図に示されているトレイル)で村まで戻ればいいと思っていたのだ。だが、そのトレイルが見あたらない。このルートはロンプラでは触れられていない。

とはいえ、今さらどうしようもない。こうなったら、ロンプラに書かれているショートカットルートで何としても村まで帰るしかないのだ。

そんなことをぶーぶー文句言いながら歩いているうちに、ずいぶん空気が冷たくなっていることに気づいた。そう、また標高が上がり始めたのだ。キャンピング・エステロ・エル・ボスケCamping Estero el Bosqueもとうに過ぎている。そろそろ湖の手前の森に入っても良さそうだった。第一、この先そろそろ森林限界がきそうなのだった。

前方には氷河の先端部でよく見られるがれきの山が見える。もうそこがカスティージョ湖なんじゃないだろうか……はやる気持ちをおさえ、その場所までたどり着く。だが、そこに湖はなく、1本の滝が落ちるだけだった。上を見上げるとまたもや大きな氷河。上すぎて、全貌がつかみにくいが、相当大きな氷河のようだった。

16時30分、滝のポイントからしばらく歩いた場所で、キャンプのあとを見つけた。おそらくここがロンプラに書いてある森の中のキャンプ地なのだろう。ものすごい勢いで気温が下がっていくのがわかる。これはやばいぞ……。

焚き火のあとはあるのだが、どうしても火がつかない。昨日の雨で湿ってしまったのだろう。日の入り19時までに夕食を済ませ、早々にテントに避難しないといけない。夜、いったいどれぐらい寒くなるのだろう?

ロンプラにはもうひとつ「ハイレベルのトレッカー向け」として、ひとつのプランが紹介されていた。カスティージョ湖の手前にある森の中のキャンプ場近くにある滝をさかのぼっていくと、とんでもない景色が待っている……。淳ちゃんが見逃すはずもない。本当は今日カスティージョ湖に行く途中に寄るつもりの場所だったが、まさにその場所でテントを張ることになった。だが、滝はどこにあるのだろう?早めに夕食を終えた私たちは、それぞれテントのあたりを散策してみた。真上にはゴッツイ氷河、そして、おそらくセロ・カスティージョ・チコCerro Castillo Chicoの姿。こうしている内にも、どんどん気温が落ちていくのがわかるのだが、そんなことを忘れてしまうほど、崇高な景色である。夕陽に染まり始めた空に浮かぶシルエット。あの中には囚われた姫が隠されているに違いない。

ふと右手を見ると、滝らしいものが見える。あれだ、間違いない。滝というほどの急な段差はなかった。たぶん、あそこなら登っていけるだろう。私でもそう思えた。別の場所で写真を撮っていた淳ちゃんに「見つけたよ!」と話す。明日の朝、早起きしてひとりで行ってくる!とまたもや大張り切りの淳ちゃんだ。明日の行程もなかなかハードなので、私はその姿を見るだけにしようと思う。

「今日はいっぱいスゴイ氷河を見たねー」今回はかなり満足感いっぱいの私たちだ。今日撮った写真を見直したりしながら、私たちは眠りについた。

だが、やっぱりめちゃくちゃ寒いのだ。寝袋に寝袋カバーはもちろん、靴下は2枚重ね、上の服は薄いアンダー、厚いアンダー、ダウンジャケット、フリース、マウンテンパーカーと5枚も着ているのにどんどん熱が奪われていくのがわかる。下はスパッツにダウン状パンツにトレッキングパンツ。やっぱり寒い。あと持っているものは……もうバックパックしかない。特に地面と接する背中が冷たくて冷たくてしかたがなかったのだ。えーい、非常事態じゃ!とばかり、私はバックパックを背中に敷きその上で寝始めた。これで腰ぐらいまでカバーできる。お尻の冷たさはカッパのパンツを敷きガードする。そして膝を立てる。地面との接点がだいぶ減った。これで何とかなるかもしれない。うつらうつらではあるが、何とか眠れそうだ。だがやっぱり夜中に何度も目が覚める。淳ちゃんも眠れないようだ。早く朝が来て……寒い夜にはいつもこう思う。

朝が来た。何とか夜を越えることができた。どうやら一睡もできなかったらしい淳ちゃんは、もうテントの外で大騒ぎしている。テントがパリパリに凍っているのだ。地面には大きな霜柱が立っているらしい。「うわー、鍋の水が全凍りしてるわー!」またもや衝撃の報告である。テントの外ではいったいどれぐらい寒かったのだろう。とにかく、無事朝を迎えられてよかった。テントというのは予想以上に寒さを防げるものだったのだ。

寒くて寝袋から出られない私を置いて、淳ちゃんは昨日の滝まで行ってみる、と出かけていった。今は7時30分。2時間で戻ってくるという約束だ。私も気合いでテントの外に出てみる。日暮れ時だった昨日とは違って、このあたりの全貌を見ることができた。ここはスゴイ場所だ。やっぱり真上にそびえるのはセロ・カスティージョ・チコだろう。もう少し先へ行けば、今は左手に見えているセロ・カスティージョの正面へ回り込めるはずだ。カスティージョ湖もそこにあるのだろう。もちろん氷河の気配がぷんぷんしている。淳ちゃんが上がっていった先にも真っ白な氷河が見える。いったいどんな光景が待っているのだろう……。ベタベタに濡れてしまったテントを乾かしたりしながら、寒いながらも気持ちのいい朝を過ごした。

9時30分ギリギリ、淳ちゃんが戻ってくる。氷河がどれほど美しかったのかは、その顔をみれば一目瞭然だ。「あんな氷河初めて見たわー!」相当満足げだ。昨日私が見たあの滝の脇を登っていくと、氷河の先端を見下ろすポイントに出たらしい。先っちょにはちいさな湖がいくつかできていたようだ。そしてまたもう一段上にも氷河。どうやら3段造りの氷河だったらしい。淳ちゃんの話を聞きながら、おなじみのオートミールで朝食を済ませる。10時30分、私たちはキャンプ地をあとにした。

今日はいったん、セロ・カスティージョ正面にあるカスティージョ湖まで出て、その対岸にあるモロ・ロッホMorro Rojoという山を越える。標高は約1,600メートル。と言っても、手持ちのロンプラの地図は200メートルごとにしか等高線が引っ張られていないのでいったいどこまで登れば越えられるのか、行ってみないとわからない。こんな時のためにオプションでCONAF製の地図にある川沿いのトレイルも選択肢に入れておきたかったのだが、見つからなかったのだからしかたがない。とにかく一度、モロ・ロッホを登ってみることにした。

山の背のくぼみに立った。さっきまで見上げていたセロ・カスティージョと対峙するかのような場所だ。大規模な氷河が視界からはみ出るほど展開されている。これはスゴイ。ペニョン氷河は不発に終わったが、この名もない氷河は私たちの気持ちを鷲づかみにしてくれる。

振り返れば、くねくねと蛇行するイバーニェス川Ri'o Iba'n~ez(リオ・イバーニェス)、そしてセロ・カスティージョの村……イバーニェス谷の全貌が見渡せた。ここから先本当に降りていけるのか。慎重に判断しないといけない。ケルンはとっくに消えている。ただ足元の石の様子を見る限り、歩いたことのある地盤のようだ。あとは、道具を使わないと降りられないような崖にぶち当たらないかどうかだけだと思う。

荷物を置いて、ずいぶん下まで様子を見に行ってくれていた淳ちゃんがもう一度上がってきた。「何とか行けると思うわー」。トレイルは見つからなかったようだが、落石に注意して慎重に降りていけば何とか行けるだろう、という場所のようだ。ロンプラに書いてあるほどのルートだ。どこかできっとトレイルにぶち当たるだろう。

今日は幸い天気もいい。風もほとんど無い。この先へ進んでも、地図にあるはずのトレイルが見つからないと言われている場所だ。反対に、来た道を戻れば見つからなかった分岐点をもう一度探し直すことから始めないといけない。第一、本当にトレイルがあるのかどうかさえ怪しいのだ。だったらここを降りた方がいい。村は見えているのだ。

「よし!慎重に行こか!」気合いを入れ、下山を始めた。そう言えば、同じキャンプ地を8時30分ごろ出たはずのHさんの姿が無い。コイアイケに戻るバスは、村を15時ごろ通過する。私たちは朝のサイドトリップに出かけた時点でバスに乗るのを諦めていたが、Hさんはきっとバスに合わせて歩いているのだろう。彼がつけたような、杖の跡を見ながらそう思っていた。

40分も降りたころだろうか、やはり忍耐力と集中力が必要な箇所が続いて、ちょっとヘコみかけた時、トレイルにぶち当たった。やった!これで安心だ。石の上を歩いていた時とは雲泥の差ほどもあるトレイルを快調に降りていった。

しばらく歩くと小さな森が現れた。何度も消えかけながらもまた復活し、トレイルは真っ直ぐ村へと続いているかのように見えた。

ところが、またしばらく歩いて牧場エリアに入った時だ。すっかり安心しきって、人なつこい馬たちと遊びながらおやつを食べたあとのことだった。急にトレイルが縦横無尽に走り出したのだ。そりゃそうだ。この数の牛と馬だ。あっという間に踏みあとなんてできてしまうだろう。私たちは何だか、高校時代に行った巨大迷路を思い出しながら、カンで進んでいくしかなかった。村の方角はわかっている。たぶんこの前にある小さな丘を越えれば、あとは下るだけだろう、そう思っていた。

だが、ふたたび明確になり始めた1本のトレイルは、ほとんど直角左方向へ伸びている。これはどういう意味なんだろう……。もはやCONAF製のパンフもロンプラもあてにならない。前にある小山の先に村があることはわかっている。だが、この山を避けているということは、牛のためかも知れないけれど、きっと何か理由があるはずだ。そう判断し、私たちは左方向へそれ始めたトレイルを進んでいった。

川の音が聞こえる。ボスケ川が近いのだろう。典型的なV字谷が続いている。その谷を左に見ながら、トレイルはふたたび村へ向かってまっすぐ伸び始めた。村はもう近いはずだ。

いくつかの牧場のゲートをくぐると未舗装路に出た。遠くで車の音が聞こえる。無事降りてくることができたのだ。「いやいやー、長い戦いやったなあ」そう話しながら、村へのラスト1時間の行程を歩く。時間は17時30分。ずいぶん時間がかかってしまった。1時間歩いた。村らしき気配はどこにもない。右手にはちょっとした山がある。そう、私たちは村へ戻る道を間違えてしまったのだ。降りてくる途中、トレイルが左へそれたのも、この低いながら崖だらけの小山を避けるためだったのだ。ひゃー……。もう気持ちを無にして歩くしかない。私たちはまた1時間歩いてさっきの三叉路まで戻り、歩いていないもう一方の道を村へと戻ったのだった。

村に着いたのは20時前。なかなかいい宿を借りることができて、私たちは大満足の夜を過ごした。もう不完全燃焼なんて決して言わない。予想すらしていなかった名もない氷河だったが、2人それぞれ満足のいく景色を胸に刻むことができたのだ。これが最後の氷河になったとしても悔いはない。

「ま、でも、あと少し見れるんやったら見たいよなー」チリワインを片手に淳ちゃんが言う。それは私も同じだ。パタゴニアにいる間にあともう少し氷河に出会えるチャンスがあるのなら、それはそれで大切にしたいと思うのだ。





▼トレッキング覚え書き


・A Cerro Castillo
3/19 晴 13度
Las Horquetas → Campamento Ri'o Turbio 18キロ 無料

3/20 雨→晴→雪 3度
Campamento Ri'o Turbio → Laguna Cerro Castillo手前 14キロ 無料

3/21 晴 10度
Laguna Cerro Castillo手前 → Villa Cerro Castillo 11キロ
(+村への道を間違えた分約3キロ)




▼セロ・カスティージョのホームページ
間違いだらけの地図もアップされています。英語ページもあり。
http://www.cerrocastillo.cl/






 
チリ トレッキング
もう見飽きた方がほとんどでしょう。ゴメンナサイ。冷たかった最初の川越えの様子です。

 
チリ パタゴニア トレッキング
パタゴニアの土地はこういったエスタンシア(牧場)か国立公園がほとんどです。つまり、国立公園に指定しきれなかった貴重な野生は、私有地なためになかなか保護が難しいわけです。チリ政府にパタゴニアの私有地を買い占めるだけの資金もなく、特に森林保護は山焼きの習慣などとも相まって難しい課題になっているようです。これはよくある牧場のゲート。向こうにはセロ・カスティージョ?の姿。ここで、淳ちゃんのテンションがめちゃくちゃ上がったのは言うまでもありません。

 
チリ トレッキング
微妙に深さがあり靴を履いてはちょっと厳しいかも……という川にて。幅がけっこうあったので、途中休憩中。

 
チリ トレッキング
リマ川上流。キャンプ場ももうすぐです。前方左手に見えているのが峠です。右手、山が重なっている奥にペニョン氷河があったのですが……。

 
チリ トレッキング
雪が降った朝。美しい!

 
チリ トレッキング ペニョン峠
いよいよペニョン峠Paso Pen~o'n(パソ・ペニョン)に差しかかるところ。天気もすっかり良くなりました。

 
チリ トレッキング
峠にあった万年雪。足元に気をつけて進みます。前を歩くのはHさん。

 
チリ トレッキング 氷河
峠を越えてすぐ現れたスゴイ氷河。たぶんセロ・ペニョンCerro Pen~o'nに属する氷河だと思うのですが、名無しです。バックに控える小塔群も幻想的!マジでめちゃくちゃ寒いのですが、なんだか嬉しそう。

 
チリ トレッキング セロ・カスティージョ
峠を下りてきたところ。いよいよセロ・カスティージョが現れました。

 
チリ 氷河 トレッキング
これまた名の無い氷河。たぶん、セロ・カスティージョ・チコの東側にあたる氷河だと思うんですが……。川が合流してボスケ川になるミラドールから撮影。

 
チリ トレッキング
同じミラドール、別の角度で記念撮影をしました。これはパンフレットにも使われている角度。うんうん、なかなかよろしい。

 
チリ トレッキング セロ・カスティージョ
セロ・カスティージョの足元向けて進みます。倒木のおかげで靴を脱がずに渡れた川。す、滑りそう!後ろにはセロ・カスティージョの姿

 
チリ トレッキング
湖があるかなーと歩いてきたら出会った滝。セロ・カスティージョ・チコのふもとにあたります。翌日淳ちゃんは別ルートでこの上まで上がりました。

 
チリ トレッキング セロ・カスティージョ・チコ
キャンプ地わきから見上げたセロ・カスティージョ・チコ。

 
チリ トレッキング 氷河
そして翌朝、淳ちゃんひとりで出かけて見た驚くべき氷河の姿。昨日見たひと筋の滝の上にあたります。セルフタイマーで撮影。

 
チリ トレッキング 氷河
下を見るとこんな感じになっていたそう。この湖から滝が生まれました。ガラガラと散らばる氷の固まりが妙にリアル。

 
チリ トレッキング キャンプ
キャンプ地の様子。寒かったけどムイビエンなキャンプでした。

 
チリ トレッキング カスティージョ湖
そしてカスティージョ湖。もう少し進んだ先がおそらくセロ・カスティージョの真正面にあたると思います。いらちな私たちはここからモロ・ロッホへ登り始めてしまいましたが。

 
チリ トレッキング モロ・ロッホ
そしてモロ・ロッホの上から対峙したセロ・カスティージョ。やっぱり真正面という訳にはいきませんでしたが、この迫力はスゴイ。ロンプラでも「広角がないと無理」と言われた場所です。

 
チリ トレッキング
後ろを向くとこんな景色。中央には村が見えます。

 
チリ トレッキング
だいぶ緊張感が抜けておやつタイム。この馬たち異常に人なつっこい。鼻水を淳ちゃんのバックパックにベットリつけていました。こいつの前髪にもごっついトゲが付着。要注意です。

 
チリ トレッキング
4日目、ビジャ・セロ・カスティージョで泊まった宿から。ここをアウストラル街道が走っています。コクラネからコイアイケへの移動中は見ることができませんでしたが、今回見ることができました。




▼PART33 2005.04.09 アウストラル街道を北上して 〜 チリ パルケ・プマリン
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