World Odyssey 地球一周旅行

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旅の日記
見たもの、乗ったもの、食べたもの…たくさんの驚きを写真と一緒にお伝えします。



▼PART27 2005.02.12 サーキットに挑戦!前半戦
>>チリ・パイネ国立公園その1



南米大陸の先っちょにある国立公園で100キロ以上のトレッキング……。
日本を出国する前に、どこかのホームページで見た体験談だった。
「かなりのツワモノやなあ」淳ちゃんも私も、まるで人ごとだった。

それがいつからだろう。具体的な「目標」に変わっていったのは。

Parque Nacional Torres del Paine(パルケ・ナシオナル・トーレス・デル・パイネ:トーレス・デル・パイネ国立公園、以下パイネ国立公園)は、玄関口となるチリ南部の港町、プエルト・ナタレスから約120キロ北に位置する国立公園だ。南緯51度近辺にあたる。広さは1,814平方キロ(1,630平方キロ説もあり)、大阪府と同じくらいの大きさだという。
【詳しい公園内部の地図はこちら】
⇒ http://www.chiq1.com/a/map2.html

国立公園に指定されたのは1959年。この一帯はかつて大農場が営まれていた場所だ。完全に国立公園化できたのは約20年もたった1978年。いまだに公園内には私有地兼国立公園というちょっと変わったエリアが残されていて、この公園の複雑な歴史を垣間見ることができる。

かつて農場主たちは、放牧で痩せた土地(特にヒツジは牧草を根こそぎ食べてしまうらしい)を蘇らせるために、火を放っていたという。パイネ国立公園に入る前から続く枯れた農場の風景は、国立公園に入っても変わることがない。

そうは言ってもこの場所は、世界一「贅沢な景色」を拝める農場だっただろう。

公園中心部には無数の氷河湖に囲まれたMacizo Paine(マシソ・パイネ:パイネ連峰)が鎮座する。3,050メートルの公園最高峰Cerro Paine Grande(セロ・パイネ・グランデ:パイネ・グランデ山)、その東にはCuernos del Paine(クエルノス・デル・パイネ:パイネの角)、さらに東端にはこの公園の象徴的な存在でもあるTorres del Paine(トーレス・デル・パイネ:パイネの塔)。これら氷河によって形作られた岩峰群が、Lago Nordenskjo'ld(ラゴ・ノルデンフェールド:ノルデンフェールド湖)沿いにそびえ立っている。

峻険な花崗岩峰だけではない。ここは、南米大陸に広がる氷床(氷の大陸)の南端に繋がっているのだ。最後の氷河期からの記憶を残した氷河を私たちはいくつも見ることができる。

この氷床、Campo de Hiero Patago'nico(カンポ・デ・イエロ・パタゴニコ:パタゴニア氷床)という。Norte(ノルテ:北)とSur(スール:南)に別れていて、2つ合わせた氷の量は、南極大陸、グリーンランドに次ぐ世界第3位の淡水源になっているのだそうだ。北パタゴニア氷床は全長100キロ、面積4,500平方キロ(山梨県ぐらいの大きさだそう)、南パタゴニア氷床にいたっては全長320キロ、面積14,000平方キロ!長野県とほぼ同じ大きさというから驚きだ。この氷床から触手を伸ばすように、無数の氷河が、海へ川へ湖へと流れ落ちている。公園内では、全長17キロのGlaciar Gray(グラシアール・グレイ:グレイ氷河)が最大となる。

氷河が形作った美しいパイネ国立公園。その魅力は最近になるまで、私たちも詳しくは知らなかった。ただ、「パイネを歩こう!」「100キロ以上あるトレッキングにチャレンジしてみよう!」……そんな意識だけは、中米・グアテマラにいるころから持ち続けていたように思う。漠然とした憧れの地だったのだ。

いよいよパタゴニアがシーズンに入ったころのこと。
先を行く友人たちからパイネを歩いた、という報告が届き始めた。中には「サーキット+Wを歩きました!」というツワモノもいる。

パイネ国立公園のトレッキングにはいくつかパターンがある。パイネの三本塔(トーレス・デル・パイネ)の基部まで出かける日帰りのトレッキングから、約10日間かけてぐるり一周するロングトレッキングまで、それぞれの予定とスキルにあわせていくらでも組み合わせることができるのだ。

その中でもよく話題に上るのが「サーキット(Cirucuit Grandeシルクイート・グランデ、またはCirucuit Macizo Paineシルクイート・マシソ・パイネ)」と「Wダブリュー」の2コースだ。

サーキットとはパイネ連峰をぐるり一周するように歩くトレイルのことを指している。だいたい7日間くらいかかるという。公園南東ゲートにあたるGuarderia Laguna Amarga(グアルデリア・ラグーナ・アマルガ:アマルガ管理事務所)からまずはパイネ連峰の裏側(北側)を行く。Campamento Seron(カンパメント・セロン:セロンキャンプ場)が最初のキャンプ地になることが多い。そのあと、Lago Dickson(ラゴ・ディクソン:ディクソン湖)そばのAlbergue y Camping Dikson(アルベルグエ・イ・キャンピング・ディクソン:ディクソン小屋&キャンプ場)、Camping Los Perros(キャンピング・ロス・ペロス:ペロスキャンプ場)と通過し、だいたい4日目でパイネ連峰の西側に抜けるための峠越えに入る。Paso John Garner(パソ・ジョン・ガルネール:ジョン・ガルネール峠)を越えると眼下はグレイ氷河。そのグレイ氷河を見下ろしながら、Campamento Paso(カンパメント・パソ:パソキャンプ場)ともうひとつの公園管理事務所が運営する無料キャンプ場を過ぎ、グレイ氷河の先端Alberugue y Camping Gray(アルベルグエ・イ・キャンピング・グレイ:グレイ小屋&キャンプ場)、ペオエ湖畔のRefugio y Area de Acampar Paine Grande(レフヒオ・イ・アレア・デ・アカンパール・パイネ・グランデ:パイネグランデ小屋&キャンプ場【Albergue,CampingPehoeから改名したよう】)を過ぎ、クエルノス・デル・パイネのふもと、パイネ連峰正面(南側)を東進すると、アマルガ管理事務所まで戻ることができる。

対して「W」はパイネ連峰中心部に踏み込んでいくコースだ。西端のキャンピング・グレイからスタートし、ペオエ湖畔のアカンパール・パイネ・グランデを過ぎ、パイネ・グランデとクエルノス・デル・パイネの間にたたずむValle del Frances(バジェ・デル・フランセス:フランセス谷)へ入る。フランセス谷最奥のCampamento Britanico(カンパメント・ブリタニコ:ブリタニコキャンプ場)まで入ったら同じ道を戻り、クエルノス・デル・パイネのふもとを進んで次はパイネの3本塔が待つValle Ascencio(バジェ・アスセンシオ:アスセンシオ谷)のCampamento Torres(カンパメント・トーレス:トーレスキャンプ場)へと北進する。ちょうどルートがアルファベットのWの形をしているので、こう呼ばれているようだ。だいたい4日ほどでまわれるらしい。

日程に余裕があればこの2つのコースを組み合わせて、10日間程度の日程で行った方がいい。そうアドバイスをくれる人もいれば「いやいやWで十分だよ」と言ってくれる人もいる。10日間、という日程にビビリ気味だった私は、もちろん「W」の可能性も考えてはいたのだが、淳ちゃんの頭の中ではすでに「サーキット+W]という図式ができあがっていたようだ。サンティアゴを発ち、最南端の街ウシュアイアへ向かうころには2人ともすっかり「サーキット+Wを歩くぞ!」という気持ちになっていた。

美しい景色やトレッキングが好きだという気持ちを大切に昇華させていきたい、そう思い始めた頃だったから余計にチャレンジしてみたかった。好きだと思えることで、自分はどこまでシンプルになれるのだろうか。とても興味があった。すでに多くの友人はパイネを歩き終えていたので、私たちは私たちのスタイルを追求すればよかった。私の場合ついつい持ってしまいがちな気負いからも、今回はずいぶん自由でいられたのだ。

出発は1月31日。天候が安定しないパイネだから予備日も考えなくてはいけない。が、持てる荷物にも限界がある。10日以上停滞することになった場合、食料無補給を目指している淳ちゃんには悪いけれど、公園内はストアがいくつもあるのでそこで食料を調達することにして、私たちは9泊10日の日程で準備を進めることにした。ガイドブック通りに歩けるのだろうか……ウシュアイアで足慣らしをしたわりには、それすらも自信のない私たちだった。



いよいよ出発の時が来た。バスは公園の南東ゲート・アマルガ管理事務所へ入っていく。入場料10,000ペソ(約2,000円)を払い、私たちの行動予定を記した紙を提出して、バスのトランクからバックパックを受け取る。私の場合、13、4キロといったところだろうか。これほど重いザックを担ぐのはトレッキングでは初めてだ。天気は快晴。公園に入る30分ほど前から、トーレスの姿が何度も見え隠れしていた。トーレスはほとんど毎日見える、とレンジャーは言っていたが、さっそくテンションを上げられる光景である。スタートからトーレスを見てしまって大丈夫だろうか……。変にゲンを担いでしまう私は急に不安になる。

「それではよろしくお願いしまーす」
10時30分、元気に夫婦で挨拶を交わし、10日間のトレッキングに入った。と言っても実感は全くない。とうとうと流れるRio Paine(リオ・パイネ:パイネ川)をまたぐ橋を渡り「Lago Dickson」と書かれた看板を右に入る。話に聞いていた通りの道だ。左手にはトーレスの姿がいつもある。私はなんて贅沢なトレイルにいるのだろう……。そんな思いも長くは続かなかった。

暑い! めちゃくちゃ暑いのだ。この辺りは天候が安定している(アマルガ管理事務所近辺の年間降水量はわずか800ミリ。パタゴニア氷床近くではなんと4,000ミリに達するという)、とは聞いていたがこれでは暑すぎる。暑さに弱い私はさっそくバテ始めた。背中の荷物は妖怪を背負ってしまったかのように、重く固く私の背中に張り付いている。これはマズイことになった……。私は後悔している。最小限の荷物で来たつもりだったが、ひとつだけ余分なものがある。「赤ワイン」だ。ウシュアイアでの足慣らしトレッキング中、テントの中でなめるワインに味をしめてしまった私は、今回も500ミリリットルだけ持ってきていた。「大丈夫、私が持つから!」そう淳ちゃんにも宣言してしまっている。これは失敗だった。めちゃくちゃ重い。今は1グラムでも減らしたい気持ちだ。飲んでしまおうか……。意味のないことを考える。

それでも何とか歩ききる。16時30分、今日のキャンプ地カンパメント・セロンに到着する。ガイドブックを読んで20キロと思っていた今日の道のりは、どうやら公園事務局の作る地図の方が正しく、10キロだったようだ。それでも、暑さと重さにやられて、バテバテになってしまった。こんなことでこれから先、大丈夫なのだろうか。不安になる。明日は正真正銘の長丁場、19キロを歩かなくてはいけない。

このパイネ国立公園では、指定されたキャンプ地以外でのキャンプと焚き火は厳しく制限されている。トレッカーたちはだいたい1日歩く距離ごとに現れるキャンプ場を自ずと利用することになる。ここ、セロンは私有地エリアに入っているからだろうか、有料(ひとり3,500ペソ[約700円])である。もう3時間ほど歩くと無料のキャンプ場(Campamento Coiron)が登場するのだが、今日はもうとても歩けない。汗もたくさんかいたので、シャワー付きというのも嬉しい。私たちは迷うことなく、セロンにテントを張った。いくつか据えられたテーブルでは、冷え冷えのビールで談笑しているトレッカーたちの姿。完全無補給を目指す私たちには、とうてい無理な世界だ。要は「買い食い禁止」なのである。バックカントリーでのある種不便な生活もツライ時があるが、パイネでのトレッキングでは、こんな誘惑に勝たなくてはいけない。そこまで意地を張る必要があるのかどうかわからないが、せっかく淳ちゃんが立てた目標だ。私も付き合ってみようと思う。

1日目の夕食を終え、日記を書き殴り、シュラフに潜り込む。まだ19時だ。そうそう、ワインも少しいただきましょう……!ここまで持ってきたからにはできるだけ長くワインを楽しもうぜ、と私たちはこれから毎晩2口ずつ、ワインをなめることにした。500ミリリットルで10日間、1日ひとり25ミリリットルである。

どうやらガイドブックや公園事務局の作る目安以上に私たちの歩くスピードは遅いようだ。翌2日目7時30分、私たちは一番にキャンプ場を出発した。昨日仲良くなったデンマーク人ピーターも驚いている。今日も暑くなりそうだ。それでも朝の気温は約5度。体が温まるまで時間がかかる。

スタートから2時間、少し急な丘を登るとLago Paine(ラゴ・パイネ:パイネ湖)の眺望ポイントに出た。これから進んでいく道が延々と続いている。遠くにはGlaciar Los Perros(グラシアール・ロス・ペロス:ペロス氷河)の姿……。いかん、いかん。こうやって素晴らしい景色に出会うと、ついつい長居してしまうから私たちは遅いのだ。今日の道のりは長い。先を急ぐことにする。

さらに3時間ほど歩くと、右手に氷河が見え始めた。何という氷河だろう。地図にも載っていないようだ。歩き続けると、氷河はどんどん近づいてくる。氷河の中心にそびえ立つ岩峰が、まるで神々の住む城のようである。宮崎駿の映画に出てきそうだなあ……。最近、ブラジル人から「チヒロ?あー!宮崎駿の『千尋』と同じだね」なんて言われることが多かったので、彼の映画のシーンをいくつか思い出してしまった。

15時30分。やっとの思いでカンパメント・ディクソンにたどり着く。あの強烈な氷河はキャンプ場の正面にきていた。Glaciar Dickson(グラシアール・ディクソン:ディクソン氷河)のようだ。長い1日だった。それでも景色は劇的に変化していった。このトレイルが素晴らしいのはもちろんだが、ここまで進むことができる人間の足というのも捨てたもんじゃないなあ、と感心してしまう。氷河の溶け水シャワーを浴びて今日も早めにシュラフに潜り込む。

3日目。昨晩強風で何度か目が覚めたが、今日もいい天気のようだ。だが、今日あたりから氷河に近づいていくので、そろそろ天気も不安定になるだろう。今日の行程は9キロ。もう少し歩けそうなところだが、明日4日目は最大の難関と言われる峠越えが待っているので、今日は休息日も兼ねてのんびり歩くことにする。9時出発。気温19度。

雲をまとっていっそう神々しく光るディクソン氷河を背に、少し険しい坂を登る。疲れが溜まっているようだ。すでにザックが重く感じる。Rio de Los Perros(リオ・デ・ロス・ペロス:ペロス川)沿いに広がる谷と明日越えるだろうジョン・ガルネール峠を遠望し、川沿いへ降りていく。14時30分。ペロス氷河にたどり着いた。小さな湖には無数の氷が浮かんでいる。久しぶりに見る青い氷の塊。氷河から吹き付ける、立っていられないほどの強風。アラスカでいくつも氷河を見てきたとはいえ、新しい氷河に出会うたびにまたひとつ、別の魅力を見つけてしまうように感じる。氷河には不思議な力があるものだ。ペロス氷河は、その落ち様に迫力のある氷河だった。

キャンピング・ロス・ペロスに着いたのは16時30分だった。寄り道が長すぎたせいでやっぱり大方のトレッカーに抜かれてしまっていた。ま、それもいいだろう。鳥の声がとてもよく聞こえるキャンプ場だった。

いよいよ4日目。峠越えの日である。今までは上がっても標高500メートルちょっと。今日の峠ポイントの標高は約1,200メートル。それなりにハードな道のりは予想できる。朝食のオートミールを無理矢理詰め込んでいたら、雨が降ってきた。来たな、来たな。いくらこの3日間の天気が良かったからといって、峠越えはそうそう晴れてはくれないのだ。私たちはなかば予想通り、てなぐらいにあっさりとキャンプ場を出た。今日も一番出発である。

峠を越えたのはお昼前だった。ここまでは誰にも抜かれず一番の峠越え。そんなことより、雨はほとんど止んでいるが、風がものすごく強い。峠を越えた瞬間目の前に飛び込むはずのグレイ氷河も、ぼんやりとしか見えない。先を急ごう。私たちは記念撮影もそこそこに下り始めた。

森に入ってからのトレイルはけっこう悲惨だった。急な坂、それもツルツルすべる坂が続いて、私は2回も尻もちをついている。雨はもう降っていないので、上に着込んだカッパが暑い。汗まみれ、泥まみれの私だ。それでも天気を信用できず、まだカッパを脱ぐことができない。

もうあかん、脱ご。そう思って、いったんトレイルの脇で休憩を取ったのは14時前だった。何人かのトレッカーが私たちを抜いていく。今日の歩行距離は12キロ。歩けたら、この先のカンパメント・パソではなく、もう6キロ先のCampamento Los Guardas(カンパメント・ロス・グアルダス:グアルダスキャンプ場)まで行こうと思っていたが、もうキツイ。けっこう歩いたはずだから、あと1時間もすればカンパメント・パソに着くだろうね……私たちはそんなことを話しながら休憩を終え、歩き始めた。遠くで水の音がする。

すでに先を行っていた顔見知りの何人かが手招きしている。水の音は滝のようだ。目の前がぽっかり明るくなっていて、そこは急な沢になっているようだった。右手を見て、息を飲んだ。

見渡す限り一面、氷が広がっているのだ。青く尖った氷がどこまでも、どこまでも続いている。

グレイ氷河だ……。

いつの間にか空は真っ青に晴れ渡っていた。上空の強風に乗って雲がどんどん動いていく。その影が氷河に落ちる。

突然大きな雲が私たちの上を覆った。遠くにある雲の切れ間から、太陽の光がまるでスポットライトのように抜け、氷河の上に当たっていた。

よくできたショーをみているようだ。スクリーンは氷河だった。なんて贅沢なんだろう。

滝の先端部で私たちは腰をおろし、刻々と移り変わる景色を飽きることなく眺めていた。あとからやってきたピーターも満足げである。

カンパメント・パソに入ったのは17時前だった。滝はキャンプ場のすぐ手前だった。それすらも知らずに私たちは、ずいぶん長い間氷河ビューを満喫していたのだ。

「あっちのミラドール(展望台)もいいよ」レンジャーが教えてくれる。氷河ビューが大好きな私たちはさっそく向かう。これまたいい場所だ。日はずいぶん傾き、夕景を見せている。スタートからずっと一緒のアメリカ人の青年(私たちはひそかにノッポさんとあだ名を付けていた。彼はアメリカ人には珍しくスペイン語が上手でとてもピースフルなヤツなのだ)が、レンジャー相手にギターを弾いている。いつもザックの横にギターを指して歩いている変なヤツ、と思っていたが、なるほど、ここなら自然と音楽と自分が一体になれそうだ。

どこまでも気持ちいい場所。地球とひとつになれる場所。

私たちは心から満足してキャンプ場に戻った。今日もよく歩いた。

そして5日目。今日はグレイ氷河の先端、グレイ湖畔にあるカンパメント・グレイを目指す。今日1日は氷河を横に見ながら歩けるはずだ。カンパメント・グレイまで10キロ。キャンプ場のいい場所で早めにテントを張って、今日こそゆっくり休憩しよう、と私たちは7時にキャンプ場をあとにした。やはり朝食を食べている途中に小雨がパラつきだしたが、気にならない程度だ。

ただ下っていけばいい、と思っていた道のりだったが、大きな谷、小さな谷となかなかハードな道が続く。それでも、時おり開けた場所に出るとグレイ氷河をそれぞれの角度で見渡すことができる。昨日といい、今日といい、氷河を上から見ることなんて、そうそう無いはずだ。それだけでも、このサーキットに来たかいがあるよねー、と、今日の私たちはいつになくおしゃべりだ。普段あまり話さずもくもくと歩いていることが多いのだが、今日は違った。昨日の興奮冷めやらず、といったところだ。

シンドイながらも13時にはカンパメント・グレイに着くことができた。湖沿いのいい場所をゲットする。ここからは「W」のエリアに入るので人も増えてきた。今日はシャワーもある。洗濯もしよう。おやつは限られているけれど、ミルクティでも入れてのんびりしよう……。そう思っていたら、淳ちゃんがワクワクした顔でテントに戻ってきた。ディクソンで会ったカナダ人たちと再会したようだ。彼ら、グレイ氷河のアイスハイクから帰ってきたところらしい。

「ちいちゃん大変や。アイスハイク、めちゃめちゃええらしいで!まずは話を聞いた方がええわ。はよ、オフィス行こ!」

実は昨晩の「明日の予習時間」(ガイドブックでもう一度明日の行程を読むことをこう呼んでいた)の時、カンパメント・グレイには、アウトドア会社のオフィスがあってグレイ氷河でのアイスハイクを頼むことができる、という情報を見つけていた。

アイスハイク。氷河の上を歩くアクティビティだ。実はアラスカでやってみたかったことだったのだが、アイゼン(登山靴に付ける滑り止めの爪)をつけた遊びの場合、海外旅行保険の補償対象からはずれてしまう、という事実があったのでガマンしていたのだ。だけど、こんなチャンスはもう2度とこないだろう。私たちは、ここグレイ氷河かこのあと訪れるカラファテのペリト・モレノ氷河のどちらかで、必ずアイスハイクに参加するつもりだった。だが、昨晩のミーティング、そして今日歩いている途中での会話でも「せっかくサーキットを頑張っている途中に『遊び』を1日入れてしまうのはどうだろう」という結論に至っていたのだ。いや、サーキットトレッキングだって、ただの『遊び』なのだが、ついさっきまで私たちは「行くなら別の機会か、ペリト・モレノ氷河で」と話していたはずだったのだ。

それがこの淳ちゃんの盛り上がりっぷり。ここまで目がキラキラしている時はイヤな予感がする。すでに相談ではなく「決まっている」に違いない。

オフィスではインストラクターのマットがこれまた目をキラキラさせて「さあ、どうする?今日はマジでいいと思うよー」と言ってくる。見せてもらったアルバムには息を飲むような青の世界が広がっている。そりゃ、私だって行きたい。だけど、サーキットを頑張っている途中なんだから、また出直してきたらいいじゃないか、そう思っていた。マットにペリト・モレノ氷河と迷っていること、また出直そうかと思っていることを相談してみる。

ここは僕のオフィスだから……と正直に前置きしたうえで、、マットは自分の考えを話してくれた。まず、ペリト・モレノ氷河でのツアーはとても大人数になること、料金が50USドル程度高くなること、ここではアイスクライミングもできること、そして、今日はとても天気がよくコンディションもいいこと、おまけに15時からのツアーなら他のお客さんはいないのでプライベートツアーになること、を教えてくれた。

淳ちゃんはキラキラした目で私に言う。「オレ、ココへもう一度出直すなんてせーへんで」ほとんど脅迫である。

よし、わかった。行こう。今日のツアーならロスタイムもゼロだし何とかなるだろう。行こう、氷河ハイク!

淳ちゃんは小躍りしながらテントへ戻っていく。出発は10分後。その前に同意書にサインをし、支払いをすませなくてはいけない。私はせっかく落とした日焼け止めをもう一度塗り直す。

「あかーん、ちーちゃーん!お金足りへんわー」
淳ちゃんが泣きそうな顔でテントから顔を出す。

え? お金足りるって、さっき言っていなかったっけ?と聞くがどうしようもない。今回持ってきた余分のお金は約12万ペソ(約24,000円)。あと2回は有料キャンプ場に泊まる予定だったのでその分は使えない。あと3,000ペソ(約600円)足りないのだ。何と情けない結果。ここまで盛り上がってしまったのに、600円足りないだけでアイスハイクに行けないなんて……。それもこれも、盛り上がってしまうと他の大事なことをすべて忘れてしまう淳ちゃんが悪い。もう怒る気力を無くして、私はすっかりヘコんでしまった。

マットに「お金が足りへんかった」と謝りにいった淳ちゃんが戻ってきた。何とかならないか、とマットがボスに無線で交渉してくれているのだ。あと20分で結果がでる。

が、半額だけ先払い案も街にもどってからクレジットカードで後払い案も全てだめだった。万事休す。アイスハイクには縁がなかったのか。私たちの計画が強引だったのだろうか。

そう言えば……。貴重品はすべて置いてきたはずだったが、ひとつだけ忘れていたものがある。バックパックに忍ばせていたトラベラーズ・チェック(TC)だ。淳ちゃんの目が再び光り始め、TCを持って走り出す。

「OK!OK! さあ出かけようぜ〜!」すっかりゴキゲンでオフィスから戻ってくる淳ちゃん。マットともうひとりのガイド・エヴァンもすでにボート乗り場に向かい始めている。気持ちの切り替えがうまくできないまま、私も慌ててあとを追った。

猛スピードで向こうからゾディアック(モーター付きゴムボート)がやってくる。ボートは私たちを乗せ、あっという間にグレイ氷河の先っぽまで連れて行ってくれた。

そのあと私の目の前に広がった青の世界については、多くを語る術がない。

ひと目見たいと思っていた氷河ブルーの水たまり、底なしのクレバス、氷河の上を落ちる滝と流れる川……。夢の世界にいるようだった。きっとこのあと世界中の青を見ても、この青だけは忘れることがないだろう。目に焼き付いて離れない青の世界。憧れ続けたけれど、その中に入ってもなお、憧れが途切れることのない世界。この記憶は宝物だ。




▼トレッキング覚え書き

・Cirucuit Grande

1/31 22度 晴
Guarderia Laguna Amarga → Camping Seron 10キロ
(ひとり3,500ペソ[約700円])

2/1 28度 晴
Camping Seron → Albergue y Camping Dickson 19キロ
(ひとり3,500ペソ[約700円])

2/2 19度 晴
Albergue y Camping Dickson → Camping Los Perros 9キロ
(ひとり3,500ペソ[約700円])

2/3 15度 雨→晴
Camping Los Perros → Campament Paso 12キロ

2/4 17度 雨→晴
Campamento Paso → Albergue y Campamento Gray 10キロ
(ひとり3,500ペソ[約700円])






 
チリ パタゴニア パイネ国立公園
いよいよスタートです。パイネ川を渡るところ。バンが一台ギリギリで通れる幅です。遠くには3本塔のうち右2本の姿。これだけでも興奮しちゃいますよね。「10日後に必ず戻ってくるから待っててや!」と誓っています。好天が続いて雪解けが激しかったせいか、戻ってきた時には川の水位が限界近くまであがっていました。辺りは水びたし。よっぽど天気がよかったんでしょうね。感謝!

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園
1日目の後半と2日目の前半はデイジー畑が続きます。淳ちゃんは花粉が合わないらしく、ずっとくしゃみをして鼻をぐずぐず。それでもこののどかな風景は穏やかでいいものでした。これは2日目の朝の様子。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園
パイネ湖眺望ポイントにやってきました。この公園のトレイルの多くは、岩登りをするロッククライマーたちの踏みあとから始まっている、という話をきいたことがあります。が、かなり見どころを計算して作ってくれているような気もします。たまに「ここは登らなくてもええやろー!」という場所まで登りが入ったりすると、だいたいミラドール(展望台)だったりするのです。「日本の展望台とはえらい違いや!」とは淳ちゃんの感想。ミラドール、とあるところにはほとんど立ち寄った私たちでした。これからこの先の山々に向かって歩きます。気が遠くなりそう。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園
2日目のキャンピング・ディクソンの様子。たぶん後方にそびえるのはCabeza del Indio(カベサ・デル・インディオ:インディオの頭)という山。反対から見ると人の横顔のように見えます。この反対側はディクソン湖。そしてディクソン氷河が控えています。昨日のセロンと言い今日のディクソンといい芝生が気持ちいい場所なので、キャンプ場に着くなりみんなハダシになってウロウロしています。

 
チリ パタゴニア ディクソン氷河
そのディクソン氷河の雄姿。中央にそびえるお城のような塔を回り込むように左右から氷河が落ちています。私の中でかなりお気に入りの氷河のひとつ。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 トレッキング
3日目に入りました。ディクソンを出てすぐちょっとした登りがあります。登り切るとそこはミラドール。背後にはディクソン氷河、前方にはこれから向かうペロス氷河の姿があります。谷底に流れるのはペロス川。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 ペロス氷河
いよいよペロス氷河が近くなってきました。森を抜けたところでペロス川を渡ります。ここに吊り橋が登場。これけっこう揺れて恐いんです。ヒマラヤではこんな橋が多いそうです。ヒマラヤで4週間トレッキングをしたことがあるピーターが教えてくれました。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 ペロス氷河
ずいぶん登らせるんやなーと思っていたら、ペロス氷河の眺望ポイントにやってきました。ここがものすごい強風!私は立っていられなかったので座っています。風で髪もぐしゃぐしゃ……。無数に浮かぶ青い氷は何度見ても好きな光景。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 トレッキング
いよいよ4日目峠越えの日。朝から雨です。たくさんのトレッカーの足でグチャグチャになった泥地帯を抜け、森林限界をめざして歩きます。前方の真ん中にへこんだところがちょうど峠。標高約1,200メートル。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 トレッキング
森林限界を超えると左右に氷河が現れます。風も強くなってきます。時おり突風が吹くので注意が必要。とにかく峠越えはビビらずゆっくり、それでも休みすぎずに登り続けると良いみたい、というのがウシュアイアからの経験で感じたこと。一歩一歩踏み出し続ければ、気がついた時にはけっこう進んでいたりするものなんですね、驚きました。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 グレイ氷河
じゃーん!グレイ氷河です。氷河を上から見るなんてこと、なかなか無いですね。これだけでもサーキットに来た価値が十分ありました。これはカンパメント・パソのすぐ手前の滝から。峠越えの時にイマイチ眺望が悪かったので、もう感激です。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 グレイ氷河
これは夕方キャンプ場近くのミラドールへ行った時のもの。壮大です。この氷なんてずっと無くならないんじゃないか、と思っちゃいます。でもこの氷がすごい勢いで溶けている、という事実を聞くとまた恐ろしくなります。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 パタゴニア氷床
5日目。朝のグレイ氷河。淳ちゃんはこの青がとても好きなんだそうです。奥の山からは別の氷河がグレイ氷河に流れ込んでいます。そんな広大なグレイ氷河もパタゴニア氷床のちょっとした枝でしかないなんて……。ちょっと想像の範囲を超えているデカさ。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 トレッキング
最初の深い沢。Catedral(カテドラル山)かな?の姿が奥に見えます。もう一度トレイルに戻るには20段以上あるハシゴを登らないといけません。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 トレッキング
この日は始終グレイ氷河が見えたり見えなかったり。ギリギリの場所を歩きます。アップダウンもけっこうあります。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 氷河
そうしてたどり着いた氷河の先っちょ。これはその一部分。奥にある小山は実は小さな島で、その向こうにもごっつい氷河が流れ落ちています。幅は約4キロほどあるでしょうか。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク ゾディアック
「支払いは後にして行くで!」と始まったアイスハイク。ゾディアックに乗り込みます。手を引いてくれているのがガイドのマット。奥に控えるのはキャプテン。このキャプテン、かなりのお調子者で、わざと旋回して水はかけるわ、急ブレーキで船を止めるわで、楽しませてもらいました。でも、どんな小さな氷の固まりでも必ず避けて運転しているのはさすが。氷山の一角、ってやつでしょうか。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
氷の上に降り立ちました。まずは12本ヅメのアイゼンを付けてもらって、歩き方、ピッケルの使い方などのプチ講習から入ります。右はガイドのエヴァン。普段大人数のツアーの時は滑落防止のために、参加メンバー全員、必ず手を繋いで歩くらしいのですが(ペリト・モレノなどではロープで繋いでいるところもある)今回プライベートツアーだったので、かなり自由な気分。もちろんコワイので勝手な行動はできませんでしたが、この素晴らしいチャンスにホント感謝。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク クレバス
クレバスをまたいでいます。これが見た目以上にコワイ!クレバスの渡り方、なんて講習をした後なのでなおさらコワイ!これは貴重な経験です。この写真はマットが撮影。「ん?マット写真うまいなあ」なんて撮ってもらった写真を見ながら淳ちゃんが言うと「オレ、ナショナル・ジオグラフィックに写真が載ったこともあるんだよ」なーんてあっさり言われてしまいました。そりゃウマイはず!ってことで、信頼して撮影をお願い。これまたマットも良い場所があると「撮ったろか?」と、気持ちよく写真を撮ってくれる良いヤツなのです。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
これまたマットオススメポイント。氷の割れ目に挟まれてみました。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
氷河ハイクで一番見たかったもの。それは氷河が溶けた水でできた、青い水たまりでした。ところがここではそんなものどこにでもある!というくらい青い水だらけ。クレバスの上に溜まった青い水を汲んで飲ませてくれるサービスまで。「うっまっ!」とゴキゲンになった淳ちゃんはお代わりをしようと、自分で汲みに青い川まで。とたんに2人のガイドにつかまれてしまいました。2人の隠れた慌てぶりがおもしろかったので一枚パチリ。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
それにしても氷河の上に川が流れているとは思いませんでした。滝まであるんです。夢のような光景。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
青に浮かんでいるかのような私たち。私たちの足元は氷になっています。実は先日この場所で、ディスカバリー・チャンネルの撮影があったそう。こんな氷河の中ですが生き物がいるらしく(Dragon de Patagoniaというらしい。日本で言う氷河虫かな)その撮影のため、撮影スタッフが50メートルの深さまでダイビングしたとのこと。何もかもが信じられない世界。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
氷河はあっという間にその形を変えてしまうそう。先に見える氷のアーチも数週間前まではアーチではなかったみたいです。彼らは、ヒマさえあると氷河を探検しているみたい。先週はこの下に降りたんだ、というような話をいくつも聞きました。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
ついつい寝ころびたくなってしまったので2人でゴロリ。地球の鼓動が伝わるでしょうか。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
滝壺や割れ目など、もうオシッコちびっちゃいそうな(スイマセン)場所でも、彼らは覗かしてくれます。腰についたヒモをしっかり握られているのですが、それでもコワイのなんのって。もう完全にビビってますね。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスクライミング
ハイクの最後はアイスクライミングにチャレンジさせてもらいました。スープとシリアルのおやつを食べたあとスタート。クライミング系には一生縁がないかと思っていましたが、これまた厳しいスポーツぶりに脱帽。最後はクライミングに行き着く、とよく言われる理由が少しだけわかった気がします。良い経験。でも当分やらないだろうな……クライミングは。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスクライミング
ひいひい言いながら登った私とは対照的にスイスイ登ってしまった淳ちゃん。最後はてっぺんに付けてあるカラビナにキスをして終わりです。初めて本気でカラビナを使っているところを見ました。そう言えば「山梨アルパインクラブ」のみなさんお元気かなあ。

 
チリ パタゴニア パイネ国立公園 アイスハイク
大満足のハイク終了後、キャンプ場までゾディアックで戻る時にキャプテンが大サービス。氷河の近くまで寄ってくれました。「明後日には崩れるな……」と言っていたのですが、どうだったのかな。かなり大規模な崩落はちょうど1ヶ月前にあったそう。エヴァンが氷河の上から眺めていてぶったまげたそうです。ここの氷河は本当にキレイ。




▼PART28 2005.02.16 サーキット126.1キロ完歩!〜チリ・パイネ国立公園その2
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