World Odyssey 地球一周旅行

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旅の日記
見たもの、乗ったもの、食べたもの…たくさんの驚きを写真と一緒にお伝えします。



▼PART26 2005.01.29 パタゴニアトレッキング・足ならし編
>>世界最南端の街・ウシュアイア



世界最南端の街である。
私たちもそれくらいの認識しかなかった。

「せっかくだから最南端まで行ってみよう」それだけだった。同じ旅をする友人から勧められて、コスタリカで運良く手に入れることができたロンプラのパタゴニア・トレッキングガイド(lonely planet 『Trekkinng in the PATAGONIAN ANDES』) には、Ushaia(ウシュアイア)でのトレッキング・コースがいくつか載っていた。このあと訪れるパイネ国立公園が本番だと考えていた私たちは、ちょうどいい練習になるだろう、と思っていた程度だ。



パタゴニア。

旅に出る前は漠然とした憧れ。そしてアラスカ・ユーコンを経験してからは、もうひとつのバックカントリーとして、切実に憧れている場所だった。

パタゴニアと聞いて何を連想するだろう。強風の大地。何もない平原、パンパ。出国前の私はこれくらいしか知らなかった。もっとも、アラスカにしたって何もないツンドラが広がっているだけだと思っていたのだけれども。

パタゴニアとはコロラド川を境とするだいたい南緯40度以南の地域のことを指している。面積は110万平方キロ。日本の約3倍にあたるそうだ。

南北に走るアンデス山脈を境として、国土はチリとアルゼンチンに別れている。太平洋岸にあたるチリ側は、氷河に削られたフィヨルドが複雑な海岸線を形作り、山と湖が多い地形だ。対して、アルゼンチン側北部には広大なパンパ、そして南部は乾燥した不毛の大地が広がっているのだという。

年中吹き荒れる強風に代表されるように、パタゴニアの気候はとても厳しい。だからこそ、雄大な自然が今なお残されていると言ってもいいだろう。指定された国立公園・自然保護区は50箇所以上。私たち観光客が気軽に訪れることのできる場所は、この中でもほんの一握りだけだ。

それでもパタゴニアの見どころは多様だ。世界最南端の街・ウシュアイア、アンデス山脈の南端を形成する花崗岩峰Parque Nacional Torres del Paine(パルケ・ナシオナル・トーレス・デル・パイネ:トーレス・デル・パイネ国立公園)、El Chalte'n(エル・チャルテン:チャルテン村)にそびえるMonte Fitz Roy(モンテ・フィッツロイ:フィッツロイ山)、全長35キロもある広大な氷河Glaciar Perito Moreno(グラシアール・ペリト・モレノ:ペリト・モレノ氷河)。氷河湖が点在する南米のスイス・Bariloche(バリローチェ)、世界遺産I sla Grande de Chiloe'(イスラ・グランデ・デ・チロエ:チロエ島)。巨大なペンギンコロニーがあるPeninsula Valdes(ペニンシュラ・バルデス:バルデス半島)。Puco'n(プーコーン)など南緯40度付近チリ領には火山が点在している。

南米と言えば、ペルーのマチュピチュなどインカの遺物探訪や熱帯雨林に包まれたアマゾンのイメージが強いかもしれない。そして、訪れる人もこれらの場所を目的とすることが多いのかも知れない。

でも、私たちはパタゴニアにめちゃくちゃ憧れを持っていた。そして、アラスカ・ユーコンを旅した今、パタゴニアの大地はきっと自分たちの好きな土地だろう、ということもわかっていた。

今は、遺跡を訪ねて遠い日に思いを馳せるより、見たこともない地球の景色を探して歩きたい。好きだと思う場所に、時間が許す限りとことん身を置いていたい。コスタリカの熱帯雨林を旅した今、私たちの気持ちは、ぶれることがない。

パタゴニアをとことん味わい尽くすには4ヶ月あると良いという。春が訪れる12月から秋の盛り3月まで。私たちは航空券の関係で少し出遅れてしまったが、しかたがない。その分コスタリカで、代えがたい貴重な時間を過ごすことができたのだ。そしてその時間があったからこそ、パタゴニアをできる限り回ろう、と思うようになったのだ。

ここまで思いをよせているパタゴニア。さて、どんな景色が私たちを待ってくれているのだろうか。

年末年始をチリの首都サンティアゴで過ごした私たちは、正月明けの6日、南下するバスに乗ることができた。サンティアゴから直行で買うことのできる一番南の街はプンタ・アレーナスという港町。サンティアゴから約3,000キロ。目の前は、パナマ運河ができるまで交通の要所だったマゼラン海峡が広がっている。20度ほどもある気温差に驚いた私たちは、風邪をひかないよう2、3日ゆっくりしてから、さらに南へ向かうことにした。

ウシュアイアに入ったのは11日の夜だった。ずいぶん先っちょまで来たなあ、と思ったプンタ・アレーナスからさらに12時間かかった。ここが、世界最南端の街だ。あちこちに「Fin del Mundo(フィン・デル・ムンド:世界の果て)」という文字が目に入る。世界の果てであると同時に、この街は南極旅行の玄関口でもあるのだ。南極までは、たったの1,000キロしかない。通りは年輩のお金持ちっぽい旅行者で溢れかえっていた。

世界最南端の街はティエラ・デル・フエゴ島という島に属している。この島は他のパタゴニア地方と同様、チリとアルゼンチンに分けられていて、ウシュアイアはそのアルゼンチン側にあたる。目の前はビーグル水道。「火の大地」という意味のティエラ・デル・フエゴという名は、その昔、ビーグル水道を通ったマゼランが見た先住民の松明に由来しているという。ウシュアイアは真夏だというのに重い雲が垂れ込めていて、ときおり風に乗って雪がちらついている。こんな気候でトレッキングができるのだろうか……。

多くの人はどんどん移動を繰り返すのに私たちは「休憩」が大好きだ。風邪をひいたらあかんしな、と私たちはまたまた2、3日のんびり過ごし、寒さに慣れてから、トレッキングに出かけることにした。

目標は1月末からスタートする予定のパイネ国立公園でのトレッキングだ。天候にもよるが、私たちなら11日間ぐらいかかると予想している。

まずは荷物。11日分の食料を担がなくてはいけない。できるだけ荷物を減らすと言ったって、相当な重さになることを覚悟しなくてはいけないだろう。重い荷物で歩くことに慣れておかなくてはいけない。チリやアルゼンチンで買える食料でトレッキング中のメニューも組み立てなくてはいけない。そして、風と気温。夏とはいえ雪も降る。しばらく暖かい場所にいて一気に南下してしまった私たちは、この寒さと強風にも慣れなくてはいけない。そして、久しく遠ざかっていたバックカントリーでの生活。むやみに火を焚くのは良くないが、この寒さを考えると焚き火も必要だろう(ちなみにパイネ国立公園では焚き火は全面的に禁止されている。テントも決まった場所でしか張ることができないのでバックカントリーとは言い難いと思う。が、これから始まるパタゴニアトレッキング全体を考えれば、バックカントリーでのトレーニングはやっぱり積んでおくべきだと思う)、テントを張る場所、水の確保、歩ける場所、歩けない場所……今回は熊も虫もいないそうだからずいぶん危険が減ってはいるが、バックカントリーで生活する「カン」を思い出さなくてはいけない。

ずいぶん肩に力が入っていたな、とは思う。

最初に出かけたのはLaguna Esmeralda Trek(ラグーナ・エスメラルダ・トレック:エメラルド湖トレック)という日帰りのコースだった。これにGlaciar de l Albino(グラシアール・デル・アルビーノ:アルビーノ氷河)へのトレッキングをプラスして1泊2日の行程にした。その日は昼過ぎから雪が降り続く、最悪な天気。トレイルを見つけるコツも忘れかけていた私たちは、湿地の中をずいぶん歩き回ったあと、やっとトレイルに出ることができた。そこはアウトドアブームが始まったばかりのアルゼンチン人が、日帰りハイキングでドドッと押し寄せる人気コースのようだった。それでも、こんな天気のなかテントを張っていたのは私たちともうひと組だけ。忘れかけていた野外での生活を、あっという間に思い出させてくれる、良いトレッキングであった。

ウシュアイアの気候が予想以上に厳しいことがわかった。これに比べてパイネがどれほど寒いのかはわからない。でも、こんなことくらいでやめるつもりはない。次はもう少し長いトレイルを歩こう、ということになった。

トレイルが比較的しっかり残っていて私たちでも歩けそうなのはPaso de la O veja Trek(パソ・デラ・オベハ・トレック:オベハ越えトレック)というコースだった。他にも2つ魅力的なコースがあったのだが、国立公園のスタッフに「GPSが無いと無理」と言われて断念した。私たちにはGPS無しでナビゲーションするスキルはまだまだ無いし、もちろんGPSを持っていない。

だいたい同じようなトレッカーが多いのだろう。泊まっている宿にもパソ・デラ・オベハに行ったという人が何人かいた。なかなかオススメのコースのようだ。

ウシュアイアは南緯55度に位置している。街のすぐ裏手には1,200メートルクラスの山々が並ぶ。その中にはGlaciar Martial(グラシアール・マルティアル:マルティアル氷河)まである。森林限界はわずか600メートル。まるで高原にいるかのようなウシュアイアなのだ。その山々の裏手に広がるのがValle de Andorra(バジェ・デ・アンドーラ:アンドーラ谷)。パソ・デラ・オベハのコースはまずこの谷をひたすら進んでいく。そして、標高約800メートル地点にあるオベハ峠を越え、今度は街の西側に流れるCan~ado'n de la Oveja(カニャードン・デラ・オベハ:オベハ川)沿いに広がっている谷を河口に向かって進む。全長31キロ、3日間のコースだ。

私たちはこのコースにさらに1日、サイドトリップを追加して計4日間の行程にした。雪や雨がひどくて停滞することも予想し、食料は5日分持っていく。パイネのおよそ半分だ。

なんだかんだで出発が遅れてしまって、トレイルヘッドであるTurbera Valle Andorra(トゥルベラ・バジェ・アンドーラ:アンドーラ谷の泥炭地[これは直訳])に着いたのは10時30分を過ぎていた。気温9度。それほど寒くない。さっそく歩き始める。このトレックはスタート地点・ゴール地点付近は私有地、途中はParque Nacional Tierra del Fuego(パルケ・ナシオナル・ティエラ・デル・フエゴ:ティエラ・デル・フエゴ国立公園)という、ちょっとおもしろいコースだ。国立公園を通るので、私たちも出発前に国立公園事務所にパーミット(入園許可)を取りに行っている。スタート地点は、水苔採取場のようだ。

先日歩いたラグーナ・エスメラルダのトレイルでも同じだったが、ここウシュアイアの土地は水苔が多い。まるでアラスカのツンドラのようだ。驚くほど弾力のある苔(一説によるとその深さは5メートルになるという)と低灌木ばかりが続いている。水をたくさん蓄えることのできる水苔だから、少し低い場所になればあっという間に水浸しの湿地になってしまう。歩きにくいことこの上ないのだが、これが本来のパタゴニアの土地だと教えてくれた人がいる。多くのパタゴニアの土地は農業には向かないので放牧に使われているのだが、その行為そのものが、パタゴニア本来の土壌である水苔を枯らしてしまい、正真正銘の枯れた大地にしてしまっているのだという。これから訪れるパイネ国立公園も、昔は大牧場が経営されていた土地だ。いったいどんな土壌になっているのだろうか……。

そんなことを考えながら歩いていたら、あっという間に右足が膝まで埋まってしまった。ずいぶん気を付けていたはずで、先日のラグーナ・エスメラルダでのトレッキングでも慣れていたはずなのに、砕かれてアリ地獄のようになっている水苔にすっかり埋まってしまっている。やばい。

半泣きで淳ちゃんに助けてもらい、なんとか脱出する。何というスタートだ。しかたがないので湿地を抜け川沿いに出た。ドロドロのパンツを洗い再び歩き始める。今日の目的地はLaguna Encantada(ラグーナ・エンカンターダ:エンカンターダ湖)。ここにテントを張ってもうひとつの湖Laguna de los Te'mpa nos(ラグーナ・デ・ロス・テンパノス:テンパノス湖)にも足を伸ばすつもりだ。スタート地点に戻るまでで全13キロ、約730メートルの登りがあるという。

ところがどれだけ探しても川沿いに谷を上がるトレイルが見つからない。わずかな足跡を頼りに歩き始めるがどれも途中で終わってしまう。ガイドには最初はちょっと急な登りが続くと書いてある。

15時。やっとそれらしい目印を見つけた。明らかなトレイルが坂の上に向かっている。やっと見つけた。あとは登るだけだ!けっこう疲れていたにもかかわらず、私たちは坂を登り始めた。泥地が多いのでよくすべる。慎重に足を運びながら、ひたすら登り続けた。ガイドブックには、急な登り、とあったのでそのまま登り続けた。途中、2股になる箇所がある、ともガイドにあった。左へ行けばおそらくテンパノス湖だ。私たちは疑いもせず右に折れた。右手には地図通りに小川の音が聞こえる。

気が付いたらずいぶん開けたところに出てしまった。よくよく考えたら、こんな場所に湖があったら不思議だ。あってもキャンプには適さないだろう。そんなことを考えたってもう遅い。頂上はあと少しなのだ。しかたがないので、荷物を置いて少し歩いてみることにする。どうやら、標高1,163メートル、2つの湖の中央に立つ山に登ってしまったみたいだ。何てバカな私たち。途中で何の疑問も持たなかった。せめてエンカンターダ湖やテンパノス湖が見えないかしら、と探してみるが、何も見えない。お手上げだ。

間違えたポイントすらわからないのだから、どうしようもない。私たちはそのまま下山した。18時だった。下山途中にもそれらしい分岐はまったく見つからなかった。エンカンターダ湖、いったいどこにあったのだろう……。

1時間30分ほどで下山し、その日は近くの小川のそばでテントを張ることにした。現在地はわかるものの、何だか達成感のまったくない1日だった。

翌朝、いよいよパソ・デラ・オベハの本ルートに入る。気温12度、9時出発。いったんスタート地点まで戻り、慎重に泥炭地を歩いていった。湿地帯の中央に車1台分だけ開けている場所がある。人の足跡もいくつかある。これがトレイルだろう。私たちは迷うことなく先へ進んだ。11時30分、国立公園の境界線までたどり着いた。これまでは、4WDトラックというダートの道を歩いてきたのだが、国立公園に入ったとたんに森が明るくなるのがわかった。手入れされているのだ。木も今までと比べてずいぶん太い。足元に咲くランにも十分光が届いている。

パタゴニア地方の木と言えば、南極ブナだろう。私もこの木の名前を日本で何度となく聞いていたのだが、実際どんな木なのかいつもわからずじまいだった。日本のブナが大好きな私にとって、南極ブナはぜひとも見てみたい木だった。

どうやら、南極ブナというのは総称のようだ。Nothofagusという。特にウシュアイアでは5種類の木を多く見ることができるようだ。落葉樹のNireニレ、Lengaレンガ、そして常緑樹のCoihueコイウエにGuindoギンド。南極ブナとはおそらく違うがCaneloカネーロという木も多いらしい。残念ながら、これらの見分けはまだできない。ニレは赤く紅葉し、レンガは黄色に紅葉する、ということしかわからないので、見分けがつかないのだ。どの木々の葉も風の影響を受けないようにか、とても小さく、日本のブナとは比べものにならない。

国立公園に入ってからは、間違えようのないトレイルが続いた。間違えそうな場所には必ず目印がある。私たちは安心して歩き続けた。目印になるArroyo del Caminante(アロヨ・デル・カミナンテ:カミナンテ川)がトレイルの脇を流れ始めた。今日の目的地11キロ地点はもうすぐのはずだ。14時40分、川沿いにキャンプのあとを見つけたのでテントを張ることにした。もっぱら移動のみだったが、超順調な1日だった。

翌朝、3日目。気温15度。夜中に一度雨が降ったようだが、すっかり良いお天気だ。気温もちょうど良い感じだ。今日はオベハ峠を越える。昨晩早く眠れたので8時にキャンプ地をあとにした。

いきなり丸太橋が登場した。実はこの丸太橋、パソ・デラ・オベハに行っていたアルゼンチン人から写真を見せてもらっていたので薄々知ってはいた。丸太橋がある、ということで、先日行ったラグーナ・エスメラルダでも練習していたし、昨日いくつか現れたまあまあ簡単な丸太橋でも「練習、練習」と自分に言い聞かせながら渡っていたものだ。ところが、昨日はいくら歩いても強烈な丸太橋が出てこない。あの丸太橋は違う道でのできごとだったんだなー、なんて気を抜いていた瞬間に現れた丸太橋だったのだ。

丸太橋は苦手だ。あのプレッシャーが耐えられない。だいたい今どき丸太橋なんて見たことがない。見るのも渡るのももちろん初めての経験だ。これには参った。淳ちゃんも「コワイ、コワイ」と言っている。そんなことを言ったって渡るしかない。まずは淳ちゃん。あっという間に駆け抜けてしまった。相当コワイらしい。自分のバックパックを降ろしてもう一度戻ってきてくれた。今度は私のバックパックを持って渡ってくれる。

さあ、私の番だ。身軽にしてもらったんだし、渡るしかない。足元はゴォゴォ流れるカミナンテ川。うぅ……足を滑らせたらどうしよう。バランスを崩したらどうしよう……。ここで、えいやっと行ける私ではない。石橋を叩きながら渡る私なのだ。「そんなゆっくり渡る方が不思議やわ」と淳ちゃんは言うけれど、ひゃーッと駆け抜けようものならいつ足を踏み外すかわからない。私は、意を決して最初の一歩を踏み出した。一歩一歩バランスをとりながらゆっくり進む。いつもの丸太橋ならこれで渡り切れる。ところが、この丸太橋はちょっと長かった。途中で、膝がガクガクと震えだしバランスを失いそうになる。「行ける、行ける」自分で暗示を掛けながら前を見る。下を見たらあっという間に川に落ちてしまいそうだ。そうしてあと2回ほど膝のふるえを押さえながら、最後はやっぱり勢いで駆け抜けて丸太橋を渡りきった。

何を大げさな、と思うだろう。丸太橋の苦手な私たちには、おおごとだったのだ。私が無事渡りきったあとは、2人で抱き合って喜びまわったほどだ。どうかこれが最後の丸太橋でありますように、と祈らずにはいられない。

丸太橋の興奮が収まらないまま、私たちはふたたび歩き始める。トレイルの勾配は徐々にきつくなり、息が上がり始める。2時間ほど上がったところで、森林限界がきた。左手にはオベハ峠のガレ場が見える。振り向けばSierra Vinciguerra(シエラ・ビンシグエラ:ビンシグエラ山脈)の山々。氷河も見ることができる。すでに絶景。ここが最高ポイントかもしれない、と淳ちゃんは必死で写真を撮っている。

ここからさらに登りは続く。カラカラと軽い音を立てる石ばかりの中に1本だけ人間の歩いたあとが残っている。こんな険しい山々のなか、どうしてこの場所だけ、山越えをすることができるとわかったのだろうか。ここは交通の要所ではないけれど、峠という地形が持つ意味に少し興味が湧いてくる。

振り返り振り返り眺めていたビンシグエラ山脈の景色も、とうとう隠れてしまった。周りは岩ばかりだ。

そうしてたどり着いた峠のてっぺん。もう良い景色は終わった、と思った自分が甘かったことを思い知らされた。

氷河のつめあとがくっきりと走る尖った山々。いまだ溶けきらない万年雪。そしてそこから始まる、ひと筋の水。

「何なんやここはー!スゴイやないかー!」淳ちゃんは叫びながらあちこち歩き回っている。撮影ポイントを探しているのだろう。

そんな淳ちゃんの背景には、水の筋が集まってできたいくつもの滝が見える。滝のまわりには、始まったばかりの緑の絨毯。

真下に目を移せば、スプーンですくったような谷の底に川が流れ、森が始まっている。

何という場所なんだ、ここは。

パタゴニア・トレッキングほぼ一発目にして、いきなりノックアウトされてしまった。

まるで地球の始まりを見ているようだ。
地球が持っていた、遠い昔の記憶がひっそりと眠っている場所のようだった。

ええなあ、パタゴニア……。

淳ちゃんも私も、ほとんど薄笑いで見とれている。こんなことをしているから、私たちのトレッキングはなかなかガイドブックの時間通りには終わらないのだ。

それでも、再び歩き始めることにした。
またひとつ新しく出会った地球の景色を胸にしまい込んで、ガレ場を下る。

ティエラ・デル・フエゴ国立公園、の看板が出てきた。ここからは再び私有地になる。その瞬間トレイルが消えてしまった。目印の黄色いバーも無くなってしまった。

ここまではみんな歩いてるんやし大丈夫。そう思った私たちが甘かった。

あっという間に消えてしまったトレイルは、もはやあとかたもない。しかたが無いので谷に降りることにする。どうやら同じことを考えた人間が何人かいるらしい。

谷に降りたら、その人間の足跡も消えてしまった。そして、ついにトレイルを探しに前を歩いていた淳ちゃんまで消えてしまった。どうやらはぐれてしまったらしい。これはマズイことになった。

「いーしかーわさーん(実は最近こう呼んでいる)!」

もちろん返事はない。山の中でこうやって呼んだって無意味なのは、知っている。ユーコンのクルアニ国立公園で使った緊急笛を使ってみることにした。ピー。ピー。ピー。吹き続ける。私は近くにいてるよー!念も送る。もう私は動かない方がいい。見通しの良い場所で、待っていよう。寒くは無いけれど、アウターも着た。真っ赤だから見つけやすいと思ったのだ。

遠くで淳ちゃんが私の名前を呼ぶような声が聞こえた。いないことは気づいてくれたらしい。もし会えなかったら歩けるだけ歩いて今日は野宿だなあ……。テントのない私は急に現実的になる。バックパックの中には味気ないクラッカーしか入っていない。

ピー。ピー。ピー。私は笛を鳴らし続ける。

ガサッ。藪の中から淳ちゃんが現れた。やっと見つけてもらえた。野宿は免れたのだ。よかったー。とたんに安心する。さっきはちょっとマヒしてしまったようだが、よくよく考えるとかなり不安なできごとだったのだ。「ごめん、ごめん」淳ちゃんが心底ホッとした顔で現れる。その間約20分。見通しの悪い森の中では、あっという間にはぐれてしまうのだ、ということを思い知らされたできごとだった。

トレイルは見つからない。すでに今日、予定していたキャンプ地は過ぎてしまっているはずだ。もうひとつ先にあるキャンプ地を目指すしかない。時間は15時。まだまだ時間はある。

トレイルが無くなっても、谷底を流れる川沿いに進めば良いことはわかっている。この谷を出れば街なのだ。とにかく川沿いに進めば間違いはない。私たちはオベハ川を目指して歩き始めた。

考えることはやっぱり誰もが同じらしい。

トレイルとは到底呼べないたった数人の踏みあとが、いつの間にかしっかりしたトレイルに変わりつつある。幾筋もの水が集まってやがて大河になるように、「川沿いを行けば谷を抜けられる」というトレッカーたちの意思がトレイルを作っていく。2時間ほど歩いたところで、踏みあとはいつの間にか普通のトレイルになっていた。あとはこの道を進むだけだ。

ところが、このトレイル探しの間に、もうひとつのキャンプ地も過ぎてしまったようなのだ。こうなると、どこかでテントを張るしかない。せっかく見つけたトレイルだが、オベハ川からは遠く離れて山裾を縫っている。これでは水の確保も厳しそうだ。

途中見つけたクリークで水を1.7リットル補給し、歩けるところまで歩こうと進んだ。もう20キロは歩いているだろう。2人ともクタクタだ。怪我をしないギリギリのところまで、そして日が暮れるまでに少し余裕がある20時まで。そうデッドラインを決めて歩き続けた。テントを張れそうな良い場所はなかなか出てこない。

デッド時間の20時ギリギリ。もう谷が終わる、というポイントだった。少しだけ平らで水はけの良い場所を見つけた。今夜はここでテントを張ろう。私たちはぐったりとバックパックを背中からおろして眠る準備を始めた。夕食は500ミリリットルの水で無理矢理パスタを茹でた。

そうしてトレッキング3日目は波瀾万丈のうちに終わった。決して悪い1日ではなかったのだが、歩きすぎた。クタクタだ。

「それにしても、今回は実りの多いトレッキングやったなあ」淳ちゃんがシュラフの中からつぶやく。もう「まとめ」に入っているらしい。

私も同感だ。たくさんの食料をつめたバックパックを持って歩いたこと、丸太橋を渡ったこと、見たこともない景色に出会ったこと、一瞬だけはぐれてしまったこと、そしてトレイルを見失ってたくさん歩いたこと。どれもが、初めての経験で、今後自分の財産になるような経験だった。パイネでのトレッキングにもきっと役に立つことだろう。

それ以上のことは今はわからない。だけど、この経験が私の中に小さな波を起こしていることは実感できる。

もっと歩こう。

もっと自分の足で歩いて、自分の肌で地球を感じてみよう。

この前からつけ始めたトレッキング日誌に、寝ぼけまなこで書き殴る。明日、自分で読めるだろうか。

隣では淳ちゃんがあっという間に寝息を立て始めている。パタゴニア・テント泊4日目。私も眠ることにしよう。




▼ウシュアイアでのトレッキング覚え書き

・Laguna Esmeralda Trek+Glaciar del Albino
 1/14 3度 雪 11.5キロ
 1/15 9度 晴 4.5キロ



・Paso de la Oveja
 +Laguna Encantada+Laguna de los Te'mpanos
(結局2つの湖にはたどり着けず)

 1/18 9度 曇→雨 Laguna Encantada+Laguna de los Te'mpanosを目指す
           約13キロ
 1/19 12度 曇→晴 Tubera Valle AndorraからArroyo del Caminante
           約11キロ
 1/20 15度 晴   Arroyo del CaminanteからCan~ado'n de la Oveja
           沿いに広がる谷のほぼ出口
           約20キロ
 1/21 15度 晴   谷の出口から牧場出口
           約3キロ





アルゼンチン パタゴニア トレッキング
パタゴニアと言えば、風に耐えるよう変形したこんな木。さっそく見つけました。

 
アルゼンチン マゼラン海峡 難破船
マゼラン海峡です。難破船がそのまま残されています。

 
アルゼンチン プンタ・アレーナス ペンギンコロニー マゼランペンギン
プンタ・アレーナスのペンギンコロニーSeno Otway(セノ・オトウェイ:オトウェイ湾)にいたマゼランペンギン。朝、海へ食事に出かけ、夕方戻ってきます。食べたり無かったのか、これは再び海へ向かうペンギンたち。

 
アルゼンチン ウシュアイア 港
ウシュアイアの港からの風景です。遠くに見えるのがたぶんMonte Olivia(モンテ・オリビア:オリビア山)。全貌が見える日は少ないのですが、とてもカッコイイ山です。

 
アルゼンチン ウシュアイア 港 風景
反対側、西方向には天気が良いといつもこの山々が見えます。これは対岸にあるチリ領の島の山々だということ。寒い日には雪をかぶって真っ白になります。この2つの景色だけで「ウシュアイアに来てよかったなー」と思ってしまいます。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング ラグーナ・エスメラルダ
ラグーナ・エスメラルダへのトレッキング。スタート地点を少し間違えたせいで、湿地の中へ迷い込んでしまいました。足元はトランポリンのような水苔。と言っても、本当はトレイルでもないこんな場所を踏み荒すべきではないんですが……。超反省。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング ラグーナ・エスメラルダ
やっとトレイルが見つかりエスメラルダ湖へ向けて歩き続けます。湖から流れ出す川の色がほんの少し氷河色。このあたりは、ぐちゃぐちゃの泥炭地ですが、たくさんの人の足跡でかなり荒らされた様子。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング エスメラルダ湖
エスメラルダ湖です。名前のとおり、氷河湖特有のエメラルド色をしています。何度見ても美しい色だなあ。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング アルビーノ氷河
テントを張ったあとアルビーノ氷河まで歩きました。これはちょうど氷河の先端にたどり着いたところ。真っ青な氷河、とまではいきませんでしたが、久しぶりの氷河のこれまた感激。でも雪がガンガン降るのでめちゃめちゃ寒いです。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング ビーバー
キャンプ地に帰ってきました。このあたりはビーバーのテリトリー。彼らがかじり倒した木がたくさん横たわっています。奥には彼らが作り上げたピラミッド状の巣が写っているんですが見えるかな?ビーバーも貴重な種ですが、彼らかなりの森林デストロイヤーです。あまり数が多いのもどうなんでしょうね?

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング ビーバー
ビーバーダム建設のおかげで死んでしまった森。奥には昨日登ったアルビーノ氷河の姿。2日目は少しお天気がよくなりました。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
パソ・デラ・オベハ初日スタート直後。「靴は濡らすな!」というやっさんの教えを無視するかのようなこの行為。スパッツを履いていなかったら確実に靴の中まで泥まみれになっていました。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
気を取り直して歩き始めました。この先は、明日歩くパソ・デラ・オベハの本コース。Arroyo Grande(アロヨ・グランデ:グランデ川)沿いに開けたアンドーラ谷です。実はすでに道に迷い気味……。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
で、見つかったはずのトレイルが実は別の登山道だった……というひとこま。どこかにエンカンターダ湖が見えないか探しています。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
2日目はめちゃくちゃ順調。おまけに国立公園に入ってからはこんな具合に目印バーが立っています。これは安心&便利。淳ちゃんのあしもとも、まあまあ水びだしの湿地です。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング ラグーナ・エスメラルダ 丸太橋
突然ですがここからはミニコーナー「ちーちゃん丸太橋を渡る」のスタートです。
これはラグーナ・エスメラルダでの練習風景。めっちゃくちゃへっぴり腰です。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
これは初級編。手すりもあるし、丸太も2本組んであります。余裕です。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
丸太が1本になったりしますが、ここはまだ落ちてもたいしたことがないのでプレッシャーは低いです。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
けっこう滑りそうな2本橋。ちーちゃビビってます。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
これも国立公園のなか。橋を使わなくても越えられる場所ですが、ちーちゃん練習してます。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
どの木をどのように使っても渡ることができます。お好みでどうぞ。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 丸太橋
そしてこれが本気の丸太橋。直径40センチほど。長さは8メートル弱。これは相当コワイです。これは渡れたちーちゃんに拍手です。以上、丸太橋特集でした。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ ビンシグエラ山脈
いよいよオベハ越えです。どんどん細くなる小川をさかのぼります。後ろはビンシグエラ山脈の絶景。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
ずいぶん上まで上がってきました。背後の山々の遠望もあと少し。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
そして峠のてっぺんまでやってきました。雪がところどころ残っています。別の惑星に降り立ったような場所。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 山頂
てっぺんに着いたとたん、どんどん雲が晴れてきました。「太陽があるのと無いのとでは、えらい違いや!」と淳ちゃんはいつも叫んでいます。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 山頂
生まれたばかりの水を集めて、細い滝が何本も落ちています。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ セロ・トネリ
オベハ峠の象徴的な山。たぶんCerro Tonelli(セロ・トネリ:トネリ山)と言います。標高わずか1,280メートル。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 水
始まったばかりの川。ここの水はめちゃくちゃおいしいです。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 氷河
氷河のつめあとがくっきり残った山肌。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ ビーグル水道
遠くにビーグル水道と対岸のチリ領Isla Navarino(イスラ・ナバリーノ:ナバリーノ島)が見えます。川がどんどん大きくなっていきます。ビーバーダムも見えます。森が始まっています。この谷を真っ直ぐ抜ければウシュアイアに戻れます。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ 泥
4日目、やっぱり淳ちゃんが泥にはまりました。靴がとんでもないことになっています。スパッツのおかげで、今回も靴の中はセーフ。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング パソ・デラ・オベハ
谷を抜けたところ。雨上がりで幻想的な風景が広がっています。このあとは牧場の敷地を抜けるだけ。と言ってもまた少し迷ったのですが……。

 
アルゼンチン パタゴニア ティエラ・デル・フエゴ国立公園
日帰りでティエラ・デル・フエゴ国立公園のレクレーション・エリアに遊びに行きました。早朝出かけると国立公園の入場料(ひとり12ペソ[約420円])が不要だ、という噂を聞いたので、バスよりは割高ですが早朝6時タクシーに乗って出かけました。前夜はものすごく寒かったので、街の周りの山々もすっかり雪化粧。一変した景色にため息をつきながら撮った一枚です。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング
国立公園でのトレッキングともうひとつ目的がありました。アルゼンチンを走る主要道路3号線の終点が公園内にあるのです。アルゼンチンには思い入れが大してないのですが、「アラスカから17,848キロ」と書いてある看板とはやっぱり記念撮影したかったんですね。単純に南下してきていない私たちにとってはちょっと反則のようですが…。現在、私たちの実際の移動距離はだいたいですが37,000キロを越えているようです。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング
Bahia Lapataia(バヒア・ラパタイア:ラパタイア湾)から眺めたLago Roca(ラゴ・ロカ:ロカ湖)そばにあるCerro el Condor(セロ・エル・コンドール:コンドール山)。昨晩積もった雪が光っています。

 
アルゼンチン パタゴニア トレッキング
これもラパタイア湾。Cordo'n de Guanaco(コルドン・デ・グアナコ:グアナコ山脈)を遠望。このあたりは朝早かったこともありますが、真っ赤な頭のキツツキ(ウッドペッカー!)やマゼランガンとも言われるCauque'n(カウケン)の姿もありました。




▼PART27 2005.02.12 サーキットに挑戦!前半戦〜チリ・パイネ国立公園その1
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