出発の疲れと慣れない大荷物でヘトヘトになった私たちだが、無事カナダへの入国を果たした。大学時代の友人、みゆきちゃんとは、16時過ぎにダウンタウンで会うことになっている。
バンクーバーは予想以上に気持ちの良い街だった。絵に描いたような街並みにさらりと吹く心地よい風。アメリカの都市で感じるようなガサガサした感じがまったく無いのだ。みゆきちゃんが暮らすノースバンクーバーはさらに輪をかけて気持ちの良い場所だ。
その日はダウンタウンで少し贅沢に韓国料理の夕食を取り、ノースバンクーバーのみゆきちゃん家に泊めてもらった。翌朝のアンカレジ行きの飛行機は11時発だから8時にはダウンタウンで空港行きのバスに乗らなくてはいけない。
翌朝、早めの朝食をダウンタウンで取り、学校へ向かうみゆきちゃんと別れた。
彼女は約1年前からワーキングホリデーでバンクーバーに住んでいる。ついつい遊びに興味が移ってしまう多くの日本人と違って、みゆきちゃんは自分で貯めたお金で1年間英語の勉強を続けていた。目的を達成するためのシンプルな暮らしぶりを垣間見せてもらえたことは、とても刺激的だった。彼女はこれからもあのスタイルで勉強を続けていくのだろう。みゆきちゃんに負けず私たちも良い旅しなくちゃねーなどとトンチンカンな抱負を語りつつ、私たち夫婦はこうしてアラスカ・アンカレジへ向かった。
アンカレジはアラスカ旅行の最大の目的地、デナリ国立公園へ向かうまでの中継ぎの予定だった。でも、まだまだ疲れも取れないし…ということで、少しのんびり滞在しようと言うことになった。宿はユースホステル。1泊ダブルルームで50ドルもするが、ここがアンカレジで最安の宿なのだ。後は共同キッチンで自炊し食費を浮かせるしかない。幸い、アメリカでは大して美味しいものを期待していない。体調が良くなるようベジタリアンのようなメニューで数日間を過ごしていた。
ぐっすり寝て疲れも取れた翌日、デナリ国立公園のキャンプサイトを予約してみる。なんと1週間先まで空いていない。現地のことは現地で決めようなどとノンキなことを言っていたせいで思わぬ足止めをくらってしまった。それでも諦めきれない私たちは15日までの1週間、どこかで暇つぶしをすることにする。
暇つぶしの場所は、デナリ(マッキンリー)山への登山基地の街、タルキートナに決まった。結局アンカレジユースホステルに3泊した私たちは、キャンプに必要なグッズをいくつか買いそろえた後、アンカレジに留まらず少しでもデナリへ近づいておこうという結論になったのだ。
タルキートナはあの植村直己がデナリ(マッキンリー)登山の前に宿泊した街だ。晴れた日は遠くデナリを望めるという。元々はゴールドラッシュ時に栄えた街だとか、アラスカ鉄道建設時に拠点になった街だとか言われていて、ダウンタウンには19世紀末の風情ある建物がいくつか残っている。
デナリ国立公園までは約150マイル(約240キロ)だ。
ハイウェイジャンクションから市街地へのシャトルバスに乗り換えた私たちは運転手のおばちゃんに、タルキートナで一番安い宿へ案内してくれるよう頼んでみた。彼女が連れてきてくれたのは、白樺林の中にたつ「タルキートナ・ホステル」だ。
女主人ヘザーは挨拶を済ませると「カウチ(寝椅子・ソファ)はひとつだけ空いているけど、フロア(床)は山男たちが帰ってくるかもしれないからちょっと無理だわ」と言って、「バンク(ドミトリー:2階建てベッドのみの相部屋)なら2つ空いているわよ」と早口で続けた。
ちなみにカウチ、とはリビングルームのソファを使って寝ることで1人1泊15ドル。フロアはリビングルームの床に雑魚寝をすることで、これまた1人1泊15ドルで泊まれるのだという。バンクは1人1泊25ドルだ。
たった10ドルの差だが15日のデナリ行きまで4泊もある。できるだけ節約するためにも淳二は15ドルのカウチ、千尋は25ドルのバンク、合計1泊40ドルでいくことになった。
またまた移動で疲れてしまった私たちはタルキートナでの最初の朝も寝坊してしまった。スタッフの1人、スーが「今日は空気が澄んで良いお天気だからマッキンリーが見えるかもしれないわよ」と教えてくれる。早速ビューポイントを聞き、マウンテンバイクで焦りながら向かった。
マウンテンバイクは宿泊者なら無料だ。ダウンタウンのアウトドアショップで借りれば1日30ドル近くもする。これだけでもずいぶんお得な気分だ。
まずは、ダウンタウンのはずれスシトナ川の河原に出てみる。見えた!川の向こう、真っ青な空の中に絵の具で塗ったような白い雪を堂々とたたえたデナリ(マッキンリー)だ。山は大きく3つ確認できる。デナリはその一番右端だ。標高は北米最高峰の6194メートル。大きさと距離の感覚が自分の経験値を越えてしまっているのでイマイチ実感がわいてこない。例えてみれば、家から約30キロ離れた1200メートルの御在所岳と見た目があまり変わらないのだ。それでも、例えば家から直線距離にして100キロほどの長野県・御岳山あたりの山があの大きさで見えるとしたら…ふもとで眺めたらやはり、とんでもなく大きいはずに違いない。
もうひとつのポイントは「タルキートナ・アラスカン・ロッジ」のエントランスにある小高い丘。蛇行する川にの間に点在する湿地、木々が生い茂る緑の絨毯の先にデナリ(マッキンリー)の雄姿を眺めることができる。スーがイチオシするポイントだけのことはある絶景だ。
タルキートナはデナリ(マッキンリー)登山のベースキャンプへ向かう小型飛行機の発着地でもある。セスナを使って6000メートルまで一気に上がり、デナリを一周して帰ってくるフライトーシーイングもアクティビティとして観光客に人気だ。私たちも興味がなかったわけではない。1人200ドル近くもする贅沢な遊びだが、なかなかできない経験だし、乗ってみたいものだ。それでも思いとどまったのは、せっかく間近でデナリを見るために待機までしているのに、ここで一気に見に行ってしまってはきっと、デナリ国立公園に入ってデナリのふもと、ワンダーレイクキャンプ場でデナリの姿を待っても、デナリは機嫌を損ねて現れてくれないんじゃないかと思ったからだ。
そんな変な「ゲンかつぎ」をしていたせいもあって、好天のおかげでデナリをナチュラルに見れたことが余計に嬉しかった。
ご機嫌で宿に戻ると、真っ黒に日焼けした4人の山男たちが、テントやシュラフ、ダウンなど登山ギアを干しまくっていた。「よいしょっ」とか言っているからきっと日本人なのだろう。
早速淳二が声を掛けてみる。もちろん日本人だったのだが「これから登るんですか?」などと聞き返され恐縮してしまう。
彼らは山梨アルパインクラブのメンバーでデナリ(マッキンリー)登頂に成功して下山してきていたのだ。
シロウトの単純な疑問で「植村直己が遭難した山に登頂成功したのー?すっげー!」ということになってしまう。だが、植村直己が挑戦したのは、冬季単独登頂(登頂は成功している)、夏の時期は比較的チャレンジしやすいのだという。それでも、北極圏に近い6000メートルを超す険しい山だ。無条件に尊敬の眼差しで彼らを見てしまう。
天候が回復せずベースキャンプで小型飛行機のピックアップを3日間待ってタルキートナまで戻り、約2週間ぶりにシャワーを浴びることができた彼らはピカピカしていた。垢だらけの体がきれいになったのはもちろん、夢を達成した喜びが全身に溢れているようにみえたのだ。
ヘザーが言っていたフロアに寝る予定の山男たちは、彼らだった。
彼らは興味深い話をたくさん話してくれた。
というのも、天候が悪かった時のために取っておいた予備日のせいで、25日の帰国までタルキートナで時間を潰さなくてはいけない…という私たちと似ているような逆の状況だったので、何をするでもない豊富な時間を、まーったりと一緒にに過ごすことができたからだ。
強烈なのは「トイレ」の話だ。
デナリ(マッキンリー)には年間1000人ほども入るらしく、夏のこの時期には頂上付近で渋滞がおこってしまうほどだという。そうなると問題になるのは、ゴミや排泄物をどうするかということだ。
ベースキャンプを出ると、隊員たちのトイレとしてビニール袋を渡される。どう使うかというと、途中いくつかの地点でキャンプを張る際にトイレ用の穴を掘り「大」の時は毎回そのビニール袋を穴の上に開いて「する」のだという。隊につきひとつの袋だから、タイミングによっては誰かの後にビニール袋を開けないといけない。さらに、頂上へのアタック時は持ち帰ってこないといけないという。いかに袋の中に「水分」を入れずに持って帰ってくるか、が工夫したポイントなのだそうだ。
そんな一見くだらない話で盛り上がりながら、白夜の夜は1日ずつ過ぎていった。
6月15日、いよいよデナリ国立公園へ向かう朝がやってきた。
4人の山男たちは、庭先まで私たち夫婦を見送ってくれた。
[今回使った足と宿]
▼ユースホステル
HostelingInternationalAnchorage
907-276-7772
▼アンカレジからタルキートナへのバス
ALASKA TRAILS (PARKS HIGHWAY EXPRESS INC.)
1-888-600-6001
http://www.AlaskaShuttle.com
▼タルキートナ・ホステル
TALKEETNA HOSTEL
907-733-4678
http://www.talkeetnahostel.com
[お友達になった人]
▼山梨アルパインクラブ
http://homepage1.nifty.com/yac_info/
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ロブソン通り沿いのバージンメガストアの前にあるオルカ・プレスリー。バンクーバーの街には様々な趣向を凝らしてペインティングされたオルカの像がいくつかあった。
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いよいよ、アンカレジ空港に到着しました。到着ロビーではシロクマやグリズリーベアなどの剥製が出迎えてくれます。まずはお約束の対決シーンから。
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街へ出る途中に、アラスカ鉄道の列車を発見。タルキートナ駅での停車時間中にそばまで寄ってみました。その大きさ、わかりますか?
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最初に向かった河原。遠くにデナリ(マッキンリー)の姿を見ることができます。実際に見ると結構大きいんです。
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「タルキートナ・ホステル」のすぐ近くにセスナの発着場があります。思わず中をのぞき込む淳二。意外とシンプルな造りで飛んじゃうんですね、セスナって。
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4人の山男たちです。左から古屋さん、大沼さん、風間さん、金井さん。みんないい顔をしてますよね!
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その山男たちに混じって淳二は眠っていました。つまり、リビングの床には5人の男たちが寝転がっていたのです。すごい光景。
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